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           読 書 猿   Reading Monkey
            第90号 (見ざる言わざる号)
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■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。
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 ■読書猿は、本についての投稿をお待ちしています。
 ■この読書猿は特別に暗号でお届けします。


■■今井秀樹『暗号のおはなし』(日本規格協会)=============■amazon.co.jp

 暗号はとても歴史が古く、仮にも何か書こうとする者なら必ず身に付けていな
ければならない技術の一つでした(検閲やその後の火あぶりなんかをあまり意識
し無くなったのはそう昔のことではありません)。また一方、秘密の通信をした
り、それを解読したりというのを延々繰返し、そのために数学者を雇ったりコン
ピュータを発明したり、人はいろいろしましたが、大体1970年代あたりに
「新しい暗号」が登場しました。公開鍵暗号という奴です。
 これまでの暗号は、いわば「閉める(暗号化する)鍵」と、「開ける(解読す
る)鍵が同じ暗号」でした。それまで暗号通信をする両者は、同じ暗号鍵を持っ
ていなければなりませんでした。新しく登場したこの暗号は「閉める鍵と開ける
鍵が違う暗号」でした。
 このへんてこな暗号が生まれたのは、ネットワークでの必要性からです。ネッ
トワークというのは畢竟、「ルールを共有する、たくさんの赤の他人の集まり」
です。これはなかなかにへんてこなものでした。普通、赤の他人はルールなんか
共有しませんし、「出会いもしないのにルールなんかない」のが当然でした。
ルールは、すでに「繋がってる」人同士の間にのみあったのです。そうして、
ネットワークというのは、「赤の他人なのに繋がってる」ということでした(参
加する以上最低限のプロトコルは共有してしまってる訳ですから)。

 ネットワークでは通信(コミュニケーション)します。秘密通信したくて、
ネットワークで従来の暗号を使うとどういうことになるか考えてみましょう。
 不特定多数と暗号通信するためには、不特定多数に(そして不特定多数同士
が)自分達の通信で使う暗号鍵を送り合うことが必要です。前もってネットワー
ク上の全員に暗号鍵を割り当てることを考えてると、n人のネットワークなら、
nC2個の暗号鍵が必要ということになります。これは暗号鍵を作るだけでも膨大
な手間です。
 さらに暗号鍵を送ることを考えると更なる困難にぶちあたります。
 AさんからBさんに手紙(暗号文)を送るとします。
 AさんとBさんは、あらかじめ同じ暗号鍵を持ってないといけません。Aさん
とBさんが、同じ機関から派遣されたスパイなら何の問題もありませんが(あら
かじめ申し合わせておけば良いのです)、ネットワークでは、AさんとBさんは
(何の申し合せもない)「赤の他人」です。
 結局、はじめての暗号通信をするためには、どちらかから相手へ「この暗号鍵
でいきます」と言って、暗号鍵を送らないといけません。しかし通信をわざわざ
暗号で送らなければならないくらいなのに、当の暗号鍵を送るなんて危険じゃな
いでしょうか。結局、ネットワーク以外の方法で前もって、AさんとBさんはコ
ンタクトを取るしかないのでしょうか。
 「公開鍵暗号」で暗号文を送るときは、次のようにします。すなわち「公開鍵
でかける→送る→非公開鍵で開ける」。
 AさんからBさんに手紙(暗号文)を送るとします。
 Aさんはまず「公開されているBさんの鍵(Bpublic)」で、送りたい文を暗
号化します。ここでBpublicは、暗号文作成用です。これは(ネットワーク内の
人なら)誰でも入手することができるし、これは誰もがもっているのと同じこと
です。したがって、だれでも「Bさん宛の暗号文」を作ることができます。
 そうしてAさんは、暗号文をBさんへ送り付けます。
 Bさんは、「公開されてないBさんの鍵(Bsecret)」で、送られてきた暗号
文を解読します。ここでBsecretは、暗号文解読用です。これはBさん以外誰も
持っていないから、暗号文をBさん以外に読まれる心配はありません。
 つまり「公開鍵暗号」は、「かける(暗号化する)鍵」と「あける(解読す
る)鍵」を分けることで、暗号鍵(かける鍵の方)を公開することを可能にしま
した。(全部、公開したら暗号じゃなくなります)。そのことで、ネットワーク
上での暗号通信でこれまでの問題だったことを、
1.公開なので、n人がそれぞれ対n−1人用のそれぞれ別の暗号鍵を用意する
必要がない。でもって作る手間が省ける(n人のネットワークだと公開鍵、非公
開鍵と作っても2nですむ)。
2.「鍵を送る」ことにまつわる(先ほど述べたような)様々な危険を回避でき
る。
というわけで、なんとかした訳です。


■■赤瀬川原平『学術小説 外骨という人がいた!』(ちくま文庫)=====■amazon.co.jp

 「ばろうず君」というのは、私がつくった「変態ワープロ」である(未発
表)。普通のワープロに似たインターフェイスをもち、普通のワープロにはない
機能がある。「文章のエフェクター」である。文章の選択部分を、文字単位、文
節単位、文単位、段落単位でシャッフルする機能、おなじく文字〜段落単位で
ソートする機能(文章の「遠心分離器」)、アフォリズム(警句)を自動生成す
る機能などの他に、シンプルで奥が深い「伏せ字」機能がある。「伏せ字」機能
には、「当局」と「滑稽新聞」という二つのサブ・メニューがついている。サ
ブ・メニューの意味は、数多ある宮武外骨関係の本のどれかにあたれば明らかで
あるが、世の中には「一目瞭然」という言葉もある。

(原文)
暗号はとても歴史が古く、仮にも何か書こうとする者なら必ず身に付けていな
ければならない技術の一つでした(検閲やその後の火あぶりなんかをあまり意識
し無くなったのはそう昔のことではありません)。

(伏せ字:当局)
○号○○○○歴○○古く、○にも何か書○○と○○○な○必ず身に付けて○な
けれ○なら○い○○の一○で○た○検閲○その後の○○ぶ○なんかを○ま○意○
し無○○った○○○○昔のことではありませ○)。

(伏せ字:滑稽新聞)
暗○○○号はとても歴史が○○古○○○○○○く、仮に○も○何か○○○書こう
とする者なら必ず○○○身に付け○ていなければ○○ならない技術の一○つでし
た(検閲やその後の火あぶりなんかを○○あま○○り意識し無くなったのはそう
昔のことで○○は○○ありません)。


■■辻井重男『暗号』(講談社メチエ)=================■amazon.co.jp
■■シムソン・ガーフィンケル『PGP』(オライリーシャパン)=====■amazon.co.jp

 「盗聴法ができても、暗号使えば大丈夫」などという人がいる。
 今の盗聴法案では、暗号および外国語の通信は内容のいかんにかかわらずすべ
て傍受できるとしたうえで、その内容をすみやかに確認することが義務づけられ
ている。しかし解読できない(恐ろしく時間がかかる)のが暗号なのだから、
いったいこれをどうやって「すみやかに内容確認」するのか。

 講談社メチエの入門書の著者は、警察庁の外郭団体である、社会安全研究財団
(笑)の「情報セキュリティビジョン策定委員会」というところの委員長さん
で、「暗号の国家管理」の提言とかいう報告書を取りまとめた人物である。報告
書の中身は、おおざっぱに言えば、次のような「暗号の国家管理」を実現する法
律を作るべきだ、というものである。
・捜査当局が、必要な場合に、必要な暗号が解読できるようキーリカバリー制度
を整備する。
・そのために民間会社などのかぎの管理機関が解読に必要なかぎを捜査機関に提
出することを義務付ける。
・当然、捜査当局が解読できない暗号プログラムは違法である。

 「キーリカバリー制度」とは要するに、捜査当局に暗号のマスタキーを用意
し、そのマスタキーで開かない暗号は違法として排除する、というものである。
これならなるほど「すみやかな内容確認」が可能になる。
 ちなみに、この「キーリカバリー制度」がいかに苦労が多くて割に合わない
か、捜査当局どころか第三者への情報流出も含めたリスクがどれほど不回避か等
については、The Risks of Key Recovery, Key Escrow, and Trusted Third-
Party Encryption,1998 Editionの日本語訳(by.山形浩生さん)を参照。
http://www.vacia.is.tohoku.ac.jp/~s-yamane/articles/crypto/keyrec-j.html
 
 2冊目の著者フィル・ジマーマンさんは、言わずと知れたPGP
(pretty good privacy)を開発し、世界に無料配布したせ
いで米政府から武器輸出管理法違反の容疑で(政府は暗号を重要な軍事技術だと
していた)3年間捜査対象にされた人。
 1980年代半ば、アメリカ政府当局によって、平和運動家のコンピューター
ファイルが盗まれる事件が起きた。ジマーマンさんは、草の根運動家の人権を守
るには適切な技術が必要だと考え、ひとりで暗号開発に取り組んだ。その成果が
このソフトウェア、PGPである。
 この本はPGPについてのテクニカルなガイドブックであるだけでなく、国家
の盗聴捜査の歴史やPGPに対する国家の弾圧の事例、市民が暗号を使用することの
重要性を述べた「有り難い」本。


■宮沢俊義,国分一太郎『わたくしたちの憲法』(有斐閣)========■amazon.co.jp

 児童文学者の国分一太郎が、憲法学者の、あの宮沢俊義と組んでつくった本。
こんな本を見逃していたとは悔しい限り。けっこうなことを書いているのだが、
のほほんとした文章がすてき。

>  一九四六(昭和二一)年一一月三日に、日本国憲法ができると、おおくのおと
> なたちが、この憲法の新しさと大事さとを、しきりに口にした。また小学校の子
> どもまでが、なにかにつけ「シンケンポウ、シンケンポウ」とさけんだりした。
> ちょうど、そのようなころ、東京大学におつとめの日高六郎さんから、「有斐閣
> で、憲法のなかみをやさしく解説した、子どもむけの本をつくりたいといってい
> るが、書いてみませんか」とのお勧めが、わたくしにあった。そのとき、わたく
> しには、小学校五年生ぐらいから中学校にかけて「憲法科」という教科があった
> らどんなによいだろう、との考えもあったので、ひそかに心はうごいた。けれど
> も、憲法については、まったくのしろうとだし、すぐさま「やりましょう」との
> 返事は、わたくしにできかねた。すると日高さんは、「憲法学者の宮沢俊義先生
> が、よく教えてあげるし、書いたものは見てくださるはずだから」と、くりかえ
> しておっしゃった。こうして、わたくしは、宮沢先生のたいそうていねいなお教
> えを、なんどもなんどもうけながら、この本のもとになる原稿をまとめた。それ
> に、子ども雑誌の「さしえ」のことで知りあいだった堀文子さんに、絵を書いて
> いただくようお願いした。だが、そのころになると、憲法を改定しようとの論が
> 政治家のあいだからでたり、また、文部省が「各個条にわたって、深入りするよ
> うな教えかたはしないほうがよい」などといいだしたりしたので、すぐには本に
> ならず、それがようやく、三人の共著として、本になったのは、一九五五 (昭和
> 三〇) 年五月末のことであった。

 で、日本国憲法をこの文体で「逐条解説」していくのである。ご時世だから、
21条とか35条を見ようかと思ったが、あげられている「例」のひどさで、国
家賠償を定めた第17条を取り上げることをした。

> 第17条【国及び公共団体の賠償責任】何人も、公務員の不法行為により、損害
> を受けたときは、法律に定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求
> めることができる。
> 
> 第17条 だれでも、公務員のやりかたがいけなかったために、損害を受けたと
> きは、国や公共団体から、つぐないをしてもらうことができる。
> 
>  1 せっかくかしてあげた美しい本をなくしてしまった。貸してあげたナイフ
> をらんぼうに使って、つかいものにならないようにしてしまった。----こういう
> ときは、ちいさい子どもでも怒りますね。一人ひとりのおとなのあいだでも、こ
> ういうことはよくあって、それそれに、つぐないをしています。お金をだすと
> か、新しい物を買って返すというように。
> 
>  2 ところが、明治憲法のころは、役人が、かってなことをしたり、あるいは
> まちがったりして、国民や、町や村の人たちに、めいわくをかけたときは、「な
> んとかしてくれ」「つぐなえ」と、いっても、どうにもならず、めいわくをかけ
> られた人が泣きねいりをするというのが、ふつうでした。それで、この憲法で
> は、そんなときに、とうぜん、国または公共団体(都道府県・市町村など)に賠
> 償(つぐない)をしてくれということができることにしました。めいわくをかけ
> た公務員につぐないをしろといっても、お金がないでしょうから、役にたちませ
> んが、国または公共団体がつぐないをすることになれば、お金はたしかにもらえ
> ます。そのくわしいことは、国家賠償法という法律に、きめてあります。
> 
>  3 国家賠償法で訴えた人が、つぐないをうけた例には、つぎのようなものが
> あります。
> (a) 1948(昭和23)年、警視庁の巡査が、職務質問をするといつわっ
> て、ある人を呼びとめ、そのすきに、300円入りの封筒を、そのひとのバッグ
> にすベリこませ、スリだといって交番につれてゆき、さらにその人の持っていた
> 現金9900円をあずかるといって受けとり、それを持ってにげようとしたの
> で、その人は「ドロボウ」と叫んだところ、巡査はピストルでその人を殺してし
> まった。この人の遺族の訴えにより、東京都は賠償金を支払わなければならなく
> なった。



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