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           読 書 猿   Reading Monkey
            第25号 (誉める読書猿号)
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■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。
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■■タキトゥス『ゲルマーニア』田中秀央・泉井久之助訳(岩波文庫)====■amazon.co.jp

 私には面白かったと言うしかない。一般的に言えば地誌ということになるの
かもしれないが、そうだとしてもこの地誌には厚みがあると言うしかない。だ
からここから見えてくるのは地図ではなくて、紙粘土で作った等高線の模型で
ある。柳田国男の『明治大正史−世相編−』と読み比べてみるとよいと思う。

 田中秀央は、今のところ日本で唯一の羅和辞典を作った人、泉井久之助は、
岩波新書の名著『ヨーロッパの言語』や、白水社から出ていた名著『ラテン広
文典』の著者。

■■梶山季之『せどり男爵数奇譚』(河出文庫)==============■amazon.co.jp

 小説である。「せどり」というのは、古本屋に雇われて、高値の付く本を買
いあさる業者のこと、「せ」は背表紙の「せ」である。内容はまあそれなり
に、というところで、本好きには楽しいかもしれない。今は亡き梶山季之の作
品としては異色、ということになるところが売りなのだろう。

■■ホレス・マッコイ『彼らは廃馬を撃つ』(角川文庫)==========■amazon.co.jp(王国社版)

 本棚を探してみたが見つからないので他のデータは不詳だが、角川文庫だっ
たことは間違いない。ただし、ずいぶん前から入手不可能ではあろうと思うか
ら、古本屋ででも見つかれば買っておくとよいだろう。たぶん、よほど本に詳
しい古本屋でもないかぎり、高い値段は付けないだろうと思う。私の持ってい
る奴は50円ほどだったと記憶する。
 小説である。かつてアメリカでは、どれくらい続けてダンスが踊れるかとい
う競技会が盛んだった時代があるらしい。この小説に登場する主人公の若い男
女二人も延々ダンスしている。まあ、それだけ(笑)。
 ともかく、他に紹介の仕様がない。ほんとは別の紹介の仕方が二つほどある
のだが、それを言ってしまうとも元も子もない。読んだ人には教えてあげる
(笑)。

■■野田又夫『デカルト』(岩波新書)==================■amazon.co.jp

 岩波新書には白川静の『漢字』とか、丸山真男の『日本の思想』とか、西郷
信綱の『古事記の世界』といった、名著とか名著みたいなものがあるが、哲学
関係で一冊推すということになるとこれになってしまう。平易というのを絵に
かいたような本であるが、再読に耐える。著者はまだ生きていてうっとおしい
面もあるが(笑)。
 同新書には同著者の『パスカル』と『ルネッサンスの思想家たち』(これは
岡が読んだとか言っていた)があって、どっちもよくできているが、『デカル
ト』よりは落ちる。

■■マーク・トウェイン『ちょっと面白い話』(旺文社文庫)=========■amazon.co.jp

 旺文社文庫には、今となっては惜しいと思う本がわりあいたくさんある。内
田百間のものだけでも、どうして廃刊セールの時に買っておかなかったのかと
思うが、トウェインのこの本はあの時買っておけば、というほどの本ではな
い。
 マーク・トウェインのアフォリズムや、講演の名手と言われた彼のちょっと
した言葉などを集めたもの。続編に『また・ちょっと面白い話』というのがあ
って、実はこっちの方が面白い(姉妹編に『ちょっと面白いハワイ通信』、
『ちょっと面白いハワイ通信(続)』がある)。どう面白いかったって、引用
するかしかないが、ここで引用してしまえば、誰も買おうと思わなくなる程度
である。
 人に勧めるなら『赤ゲット旅行記』や『トム・ソーヤーの冒険』、『ハック
ルベリー・フィンの冒険』を挙げるが、これは誰でも面白いことを知ってい
る。『トム・ソーヤーの探偵』なんかも下らなくていい。

■■由良君美『言語文化のフロンティア』(講談社学術文庫)=========■amazon.co.jp

 由良君美の本は高いのが多いが、それ以上に嫌味だったりするので、この一
冊で十分だと思う。この本でも取り上げられているスタイナー(由良君美自身
いくつか訳しているが)よりは面白い。

■■広瀬正『マイナス・ゼロ』(集英社文庫)================■amazon.co.jp

 タイム・トラベルもの、と書けば、我ながらどこが面白いのだろうと思えて
くる。それに文章ははっきり言ってうまくない。が、早逝した広瀬正が残した
5つの、それぞれに完成度の高い長編の中でも最も完成度が高いのは『マイナ
ス・ゼロ』だと思う。広瀬は、この小説で扱った戦前の銀座の通りにあるすべ
ての店を並べて地図を作ったというが、凝り性のところが作品にもよく表れて
いる。
 広瀬正のほとんどの仕事は集英社文庫六冊で読める。

■■武田百合子『富士日記』(中公文庫)==================■amazon.co.jp

 知っている人ならみんな褒める。私も褒めようと思う。素晴しい。
 同じ中公文庫の『犬が星見た−ソ連旅行』も素晴しい。
 私は武田泰淳も好きだが、ひょっとすると彼は、武田百合子の夫だった人と
いうことになるかもしれない。しかし、武田百合子は武田花の母親だった人と
いうことにはならないと思う。
 泰淳から見た武田百合子は『新・東海道五十三次』で読める。これもいい。

■■遠山啓『無限と連続』(岩波新書)===================■amazon.co.jp

 数学者が「本」を書けなくなった。
 研究者が論文(ペーパー)を書くのは当たり前、教師が教科書を書くのは仕
事の一環だ。数学者が人生を語るというのもご愛敬、パズルを楽しむのも、ト
ピックを紹介することだって構わない。ところが数学者が書いた「本」をとん
と見かけなくなった。
 この書はもちろん当時から名著だか、新書からこの手の本が消え失せ、啓蒙
書はことごとく紹介書に堕落し、理系書のライフサイクルはどんどん短くなり
(「科学の進歩」だ、さぞご満悦だろう)、ブルーバックスなんかは白痴化し
ていった。
 決して目新しくもないし、難しくもないが、何度読んでも感心する。これに
くらべたら、ポアンカレの本なんて、子供みたいなものだ。

■■渡辺照宏『仏教』(岩波新書)=====================■amazon.co.jp

 渡辺昇一とかいう人が、「英語の語源」みたいな本を確か講談社現代新書か
どこかで書いていた。この人は、この「英語の語源」のネタ本で、イギリスあ
たりの英語学者が書いたやつを、中公文庫かどこかに訳しているのだが、どち
らもつまらない。つまらないネタを二度も使っている(内容はどちらも同じよ
うなものだ。渡辺昇一自身が書いている方が、より「薄い」けれども)、とい
うのはまあよくある話なんだろう。
 ところで、渡辺照宏という人は、岩波文庫から出ている、ベック『仏教』の
翻訳者でもある訳だが、こっちは岩波新書の『仏教』のネタ本ではない。はっ
きりいって、渡辺照宏の『仏教』の方が20倍くらいデキがよい。このコンパ
クトさで、おどろくほど豊かな内容、しかもきちんと読めて、おもしろい。つ
まるところ、ベックの方が逆に渡辺照宏を訳すべきなのである。
 同じ岩波新書から出てる『外国語の学び方』も傑作。

■■白川静『漢字』(岩波新書)=====================■amazon.co.jp

 確かにバンヴェニスト(『一般言語学の諸問題』とか『ヨーロッパ諸制度語
彙』)は面白いが、実は最初そのエラさがよくわからなかった。白川静を読ん
で(バンヴェニストより前から読んでいたが、読み返して)、そのエラさがわ
かった。バンヴェニストは偉い。白川静はもっと偉い。
 おそらく競合品よりはいくらか安いために利用されているらしい学研の『漢
和辞典』という事典があるが、これをつくった藤堂明保(東大教授)という中
国文学研究者が、この『漢字』をめちゃくちゃ貶した書評を書いている。その
貶し方というのが、「仮にも岩波新書で「カンジ」というタイトルの本を出す
のに、こんなヤロウに書かせるなんて、編集者は何考えてるのだ」というもの
だった。こんな話があるから、「白川先生も、国立大学出てたら、今頃文化勲
章なのに」というウワサも立つのだろう。東大のセンセイが「私大あがりがナ
マイキな、ちょっとだまってろ」という訳である。
 しかし、これ以上の話は無用だろう(別にどっちの肩を持ちたい訳ではない
し)。なお、白川静が藤堂明保をこてんぱんにやっつける「書評の反論」が、
『文字逍遥』(平凡社ライブラリ)に収録されている。
 


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