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           読 書 猿   Reading Monkey
            第24号 (オマールの塩湯号)
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■■木村哲人『テロ爆弾の系譜―バクダン製造者の告白』(三一書房)====■amazon.co.jp

 自称、当時世界最高の爆弾制作者の自伝(ただし本人のいうところテロは
やってないらしい)。現在は映画の録音技師さんである。

 ヘルメットのオニイサンたちが配ってたという「これさえあれば、高校生で
もバクダンがつくれる」というパンフレットで、「ハラハラ時計」というのが
ある(あった)。お聞き及んだことのある人もいるだろう(持ってる人だって
いるかもしれない)。
 そういう爆弾パンフレットの元ネタ(その手の爆弾製造本は、すべてここか
らのパクリだという)で、知る人ぞ知る「球根栽培法」という小冊子があるの
だが、そこは実作者の強み、この「球根栽培法」がいかにインチキで実現不可
能なガラクタばかり載ってるシロモノかを、どんどんあげつらう。返す刀で、
こんなデタラメ本を後生大事に「テロリストの聖典」みたいにしてた、日本の
テロリストの程度の低さもぶったぎる。(たぶんこの冊子は、テロリストにス
カつかませるために、官警がでっちあげたシロモノだろう、というのが彼の推
理である)。
 その筆は冷静さと自信にあふれる。ヨーロッパの爆弾制作者に会いに行き、
化学天秤も使わず黒火薬を調合して見せ、そのお返しに伝説の爆弾の仕組みを
教えてもらったりする。
 序文は何故か大島渚。

■■松岡 正剛 監修/編集工学研究所 編『情報の歴史』(NTT出版)===■amazon.co.jp

 この本の一番いけないのは索引がないことです。
 あと、あれだけじゃ全然たりないので、書き込みしたりしてます。
 たとえば、1800年というのは、ワットの蒸気機関の特許が切れた年で
す。これを一つ加えると

 1800年 トレヴィシック、高圧複動機関をつくる(仏)
 1801年 トレヴィシック、高圧蒸気の車試運転(仏)
 1803年:エヴァンス、蒸気機関を作る(米)
 1804年 ウルフ、複式機関を開発(英)
 1804年 トレヴィシック、高圧「トラム・エンジン」による蒸気車の試
運転に成功(英)

 などなどの繋がりが浮かんでくる。つまり蒸気機関の交通機関への応用とい
うのは、さらに大げさにいえば交通ネットワークによる情報・輸送・生産力の
19世紀は、蒸気機関がワットの呪縛を解かれたことに始まったということで
す。だから「1800年 ワットの蒸気機関、特許切れ」というのは「抜けて
いる」と言える訳です。もちろんこれが年表に言えるべき項目かどうか、とい
うのはあります。が、この年表なら入れるべきです。この手の「抜けてる」項
目を追加するだけで、随分よくなります。
 あと、同時代に、「交流」はないけど「しんくろにしてぃ」みたいな編集が
けっこうありますよね。おもしろいのもあるけど、例えばこれ自体は有名なネ
タなんですが、1657年 明暦の大火(江戸丸焼け)/1665年 ロンド
ン大火。これなどは、いちいち抜き出してありますが(それぞれ「江戸史を分
ける事件/ロンドン史を分ける事件」)、これだけだと特に繋げる必要はない
ですよね。つまり火事が起こったのは「偶然」だから(もっとも極東と極西の
それぞれの首府が、世界的に見て相当なほどの「大都市=過密都市」になっと
るというのは、無論比べて見るに足る話ですが)。
 けれど火事が起きたのは「偶然」でも、たまたま同時期に起こった大火の
「その後」は、両者において対照的です/比べるに足ります。ロンドン再建に
おいて耐火建物が義務づけられ、またこの事件自体が近代損害保険の発達の大
きなきっかけになりますが、片や江戸においては特段の対処はありません(ほ
んとはよく知らないので断言するのはまずいが、関東大震災の時の「その後」
と比べるのも面白い)。こういうのをフォローするのは、やはり年表の仕事
じゃないかもしれませんが、「たまたまいっしょだ」だけでは「片手落ち」だ
と思うのです。
 「平均寿命」とか「幼児死亡率」などの人口ネタが挿入されているのはよい
と思います。あと、この年表の形式だとかなり無理なのですが、気候ネタが
入っていると、人口ネタは更に膨らみます。気候と農業生産の低下、飢餓の発
生、疫病の流行、あらゆる意味での民族移動は強い関係が有ります(帝国なる
ものは、ある場合には民族移動そのものだったりします)。さらに気候・気象
は地球規模でテレコネクション(遠隔結合)しているので、人間同士の交流が
ないときでも気候・気象の連動を介して、それぞれの地域史が連動するからで
す(つまり「世界」史になるからです)。でもこれは地図がないとつらいです
ね。紙でやることじゃないのかも。

■■シービオク『シャーロックホームズの記号論』(岩波同時代ライブラリ)==■amazon.co.jp

 つまんなかったんだけど、あと巻末についてる対談(相手はまた山口昌男だ
(笑))がおかしかった。

「ごくごく率直に言わしてもらいましょう。私はラカンというのはいかさま師
であると思います」
「フランス人は今日(知的に)最もプロヴィンシャル(田舎者)な人達です」

 あと、ロラン・バルトは英語がほとんどできないけど、いい奴です、みたい
な発言もある(笑)。

 シービオクというのは、ハンガリー系アメリカ人の記号論学者で、日本では
ホームズからみの本しか翻訳されてない人です(うそ)。ヤコブソンのおっか
けやってて、プリンストン、エコール・リーブル・デ・オート・ゼチュードと
移って、エコールには当時レヴィ・ストロースがいたので、その講義も聞い
た。シービオクも何か講義をしなさいと言われたのだが、当時は戦争中なので
生徒が一人もいなかった。しょうがないので3人がかわるがわるお互いの学生
になった。
 シービオク「記号の使い手たちTHE SIGN & ITS MASTERS」をちょっと見たく
なった。アメリカでもOUT OF PRINTらしいんだが。なんでも記号論には小乗記
号論と大乗記号論があって(笑)、小乗はソシュールに由来するフランス系・
言語中心の記号論。大乗は大きな乗物だから大潮流であって、ヒポクラテス/
ガレノス(医術;兆候の記号論)−ロック−(カント)−C.S.パース/ユ
クスキュル−ルネ・トムという大いなる系譜の中に、我らがパースもいるので
ある。いいぞアメリカ人!!モルモン経みたい(笑)!

■■森毅『森センセイは本日休講』(ベストセラーズ)==========■amazon.co.jp

 最近は、テレビCMなどですっかり「汚れ芸人」(注をつけるとすれば、誉
めコトバである)を買って出てる森毅だが、大学の先生の時代にはその授業は
大変人気があり、加えて単位がとても取りやすかったらしい。その森センセイ
が、鬼となった年がある。学生さんはぼろぼろ単位を落とした。単位を取れた
数少ない学生の一人が、のちに『美人論』を書くことになる井上章一である。
 さて、数多い森毅の対談集の中でも、この本が特にとりあげられるべきなの
は、この師弟(センセイと元セイト)対決故である。

測定/
>井上:ぼくはね、顔の大きさを測ったことがあるんですよ、高校生のころ。
>で、八頭身になるには身長が何センチになるか思うて八倍したら、背がジャイ
>アント馬場より高かったんですよ。それでね、祇園でほんまもんのジャイアン
>ト馬場を見かけたことがあって、そのときはもう暗澹たる気分になりました
>わ。最近やったら、ミスコンの審査員させてもろたことがあるんですが、ミス
>コンのお嬢さんたちの真ん中に井上先生がいてるいう企画の写真を撮ったんで
>すよ。そしたらね、ちっちゃい顔がずらずらずらずら並んどる中に、一人ぽこ
>んとゴツイ顔があって、ものすごくイヤでしたわ、あれは

美人/
>井上:やっぱり美形の両親からは美人が生まれてますよ。ぼくにはそう見えま
>す。美形の家系ってありますよ。
>森 :蓋然性はあると思うけど……。
>井上:ついでですから云わせてください。美貌の二代目は、相続税を払わんで
>いいんですよ。美人に生まれて得したからって、税金払わんでいいんですよ。
>脱税したまま、ぬけぬけと美形の人生を過ごしよるんですよ。これに腹が立つ
>と云うたらコンプレックスまるだしですけど、森さんなんか、そういうコンプ
>レックスを抱かれたことないですか?どちらか云うたらムゴイ部類の顔でい
>らっしゃると思うんですけど。

 ほにゃらら森毅に対して、ここまでホットになれる者が他にいるだろうか?
しかも、テレビに出ると井上章一こそノホホン者なのである(おまけに美人で
年上の奥さんがいるのである)。

 追記:「ムゴイ部類の顔」と言われた森毅はこのあと、「そやけど、ぼく、
自分の顔けっこうすきやけど」と応じている。この数学者に光あれ!

■■『日本古典全書「吉利支丹文学集下」』(朝日新聞社)=========■

 佐々木信綱、新村出、津田左右吉、柳田、和辻という豪華メンバーが編集し
ている双書の一つ。

 収録作品は「どちりなきりしたん」と「イソポのハブラス」。
 イソップ寓話の「教訓」の部分が、これでは「下心」と書いてあるのには
笑った。
 物語の翻訳自体も面白い。「或る蝿蟻に語って言ふは、「つらつら物を案ず
るに」」という調子である。蝿が「つらつら物を案ずるに」と来たね。
 「蝉と、蟻との事。」というのは、「アリとキリギリス」の翻訳。

>「下心。人は力の尽きぬ内に、未来の努めをすることが肝要ぢゃ、少しの力
>と、暇有る時、慰みを事とせう者は、必ず後に難を受けいでは叶うまい。」


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