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           読 書 猿   Reading Monkey
            第23号 (いけね検問だ号)
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■■チャールズ・S・パース『偶然・愛・論理』(三一書房)========■amazon.co.jp

>「広く流布した意見によれば、われわれが推理できる、少なくとも通常の推理
>形式によって推理できる、あるいはくどいけれども(某氏の言にならっていう
>なら)数学的に推理できる、そういった唯一の数は有限数である。しかし、こ
>れは不合理な偏見というものだ。有限集合は一つの付帯的事情とその帰結とに
>よってしか無限集合と区別されないことを、私はかなり昔に明らかにしておい
>た。つまり有限集合の方にはある特異な様式の推論が、----発見者デ・モーガ
>ンのいうところの「置換された量の三段論法(sylogism of transposed
>quantity)」という推論が----、適用可能であるという点でのみ、両者(有限
>と無限)は区別されるのである。
> (たとえば)フランスの青年男子はみな、フランス人の処女を誘惑した経験
>があると言って自慢する(と『結婚の生理学』の序文でバルザックは述べてい
>る)。さて、女は一度だけしかその処女性を喪えないし、それにフランスでは
>男の数より女の数の方が多くないのであるから、仮にこの自慢がみんな本当だ
>としたら、当然の帰結として、フランス人の女で誘惑に引っ掛からぬ者はひと
>りもないということになろう。彼らの人数が有限であるならば、この推理は成
>立しなければならない。しかし、その人口はたえず増大しており、被誘惑者は
>平均して誘惑者より若いのであるから、この帰結が真である必要はない。これ
>と同様に、デ・モーガンが保険計理士の立場にいたなら、次のように論証した
>かも知れない。ある保険会社が、被保険者が掛けた保険料以上に、平均して多
>くの金額を被保険者に支払うならば、その会社は破産するに違いない、と(無
>論、現在の保険計理士なら、このような過ちは侵さないだろう)。この二つの
>推理が「置換された量の三段論法」の実例である。」

このパースの一節は、無限論を主題とした文章としても破格のものである。フ
ランス人と保険計理士という題材も秀逸だが、カントールが無限集合の濃度を
定義した対角論法の「一対一対応」を「処女膜」で取扱い、しかも保険金支払
いの部分は、資本主義のオープンエンド=無限性までもその射程に含めている
(笑)。おそらくパースは自分のノリで書いているだけであって、その凄さに
まったく気付いていないだろうが、そこもチャーミングだ。こうなると、彼の
いう「偶然主義的アガペー主義」(笑)にも期待が持てようというもの。ただ
し、訳文は日本語になってないので、勝手に直してやった(笑)。

■■スタイナー『悲劇の死』(ちくま学芸文庫)=============■amazon.co.jp

 G.スタイナーには、まったく毎回がっかりさせられるが、これは唯一の例
外。実際、スタイナーはこれ以降、ろくな本を書いてない。

> 「災厄の原因が現世のものであったり、葛藤が技術的ないし社会的な手段
>によって解決できたりする場合には、深刻な劇ではあっても悲劇ではない。
>離婚についての法律が緩やかになっても、アガメムノンの運命は変わらない
>し、精神医学はオイディプスの問題を解決してはくれない。しかし、経済関
>係がもっと正常になったり、鉛管工事が改良されたりしたら、イプセンの劇
>に現れる重大な危機のいくつかは、たしかに解決できる。この区別はよく心
>に留めておかねばならない。悲劇とは、とりかえしのつかないものことなの
>だ。」

 これは至言である。
「悲劇とは、とりかえしのつかないものことなのだ」。
二度も書いてしまった。

■■チェスタトン『木曜の男』(創元推理文庫)============■amazon.co.jp

 「どんでんがえし」を待つための、退屈で今時ミステリーでしか見られない
舞台設定、退屈で今時ミステリーでしか見られない人間関係、退屈で今時ミス
テリーでしか見られない心理描写、退屈で今時ミステリーでしか見られない陳
腐なディテール、退屈×退屈なオマケに陳腐なトリック解説、を何ページも読
まなくちゃならない(しかもちゃんと乗ってやらないといけない)「本格派」
(もっとも、その「退屈さ」をどう料理するかが作家の腕の見せどころ、と
いった今時ミステリーでしか聞かれない退屈な繰り言までオマケにつく)、と
はまるで似ていないこの小説が、「探偵小説」と呼ばれたりするらしい。
 手前勝手に「別世界」を想定しておいて、そこにあらかじめ用意された寓意
やら隠喩やらを、これまた作者自らが発見して悦に入るといった類の「幻想」
モノのオナニズムが、あるいは魅力のかけらもない(もっともその筋の人々の
アニマであったりはするのだろう)登場人物の長セリフでもって、どこかで聞
いたようなスローガンを涙ながらに訴えるというのが作者や作品の「思想」だ
と言い張る「煮詰まったおとぎ話」、とはまるで似ていないこの小説が、「幻
想文学」と呼ばれたりもするのだそうだ。
 何か自分の弛緩しきった思い込みや慣習が裏切られた時には「パロディ」と
言っておけばいいと思ってる連中によれば、「探偵小説」や「幻想文学」のパ
ロディであるらしいこの小説の、最もどうしようもなく愛すべきシーンは、そ
のクライマックス、霧のロンドンをアナーキストがゾウに乗って逃げ回る荒唐
無稽な場面で、絶対映像化したくないが故に映像化不可能なのだ。四回読んだ
が、二度と読まない。「誰にも読んで欲しくない」なんてぬかすガキは死んだ
方がましだが、誰かに勧めてみようとは思わない。だいたい、「本を読め」な
んて言う人間は眉唾ものだ。ほとんどクズと言ってもいい。
 訳はあの吉田健一。いい訳。

■■「建築業界」94年1月号(日本土木工業協会発行)=========■

>「……すなわち、他人に多くを求めて自らの権利を主張するものは大衆人(平
>均人)である。自分に多くを求め、自ら進んで困難と義務を追い、率先して戦
>うものが精神的貴族(エリート)である。後者はもちろん前者に比べて少数に
>すぎないが、その存在がなければヨーロッパは駄目になってしまう、と。
> エリートと大衆の区別は社会的・経済的なものではない。労働階級の中にも
>エリートは存在するし、指導階級・知識階級の中にも大衆人は少なからずい
>る。つまり、両者の区分けはあくまで前述のような意識の「違い」によるので
>ある。たとえば、国歌社会形成の核心をなす国家的プロジェクトは誰かが提示
>し、誰が施行するのか。大衆の中、いわゆる草の根から自然発生的には生まれ
>ることはあり得ない。それはエリートとしての意識を持つ技術者の役目であ
>る。違いを目指し、違いを創る者の使命である。
> 現代の大衆人は、彼らの生活を限定する自然的、社会的制約が消滅したもの
>と思っている。そして、いかなる意味でも、最終的に服すべき上級の規範の存
>在を認めない。つまり前述のような使命感を持つエリートの指導を拒否する。
>大衆人のもう一つの特徴は、自然と文明に対する価値観の区別がつかないとこ
>ろにある。すなわち、文明の作為の契機が文明そのものより重要な役割を担っ
>ていることに気づかない。ところが、文明は過去における膨大な努力の体系を
>不可決の要素としてきたのである。したがって、文明を維持するだけでも、す
>くなくともその文明の創造に費やされたのと同等の努力の体系が必要である。
>さもなければ冒頭に述べたように文明は崩壊して、人類は生き延びることがで
>きなくなる。ましてや、それをさらに発展させようとするならば、それを上回
>る努力の体系を普段に構築せねばならない。
> それにもかかわらず、大衆人はすべてこの世は自然の産物だと思い込み、そ
>こにある文明を利用するだけで十分だと考えている。……(中略)……。
> われわれ土木人が相手にせねばならないのは以前は自然であったが、それを
>克服する技術が発達した現在ではむしろ上述のごとき大衆である。彼らは一応
>の教育もあり、各メディアの報道などを通じて土木技術に対する認識はもって
>はいるが、本質的に「平均人」として、他人に多くを求めて自らの権利を主張
>する手合いである。各地に見られる草の根運動の根底には、その地域の大衆の
>権利主張としての反文明・割拠主義がある。彼らの求める「ゆとり」や「人間
>らしさ」には、安楽の追及だけがあって、そこには人の品位の向上はない。平
>均人としての大衆にそのような高貴な志操を期待するには、木によって魚を求
>めるの類である。しかし、くりかえして言うが、われわれ土木人が相手にせね
>ばならないのは上述のごとき大衆なのである」

おや、「平均人」なんていうからオルテガかと思ったね。いいぞ、ゼネコン
(笑)! 何様のつもりだ(笑)! 日本土木工業協会発行の業界紙「建築業
界」の巻頭語。


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