=== Reading Monkey ======================================
   読 書 猿   Reading Monkey
    第132号 (トラップ船長号)
======================================================
■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。

■■レイブ&マーチ『社会科学のためのモデル入門』(ハーベスト社)======■amazon.co.jp

 まずはお詫びから。
 109号で紹介した、レイブ&マーチ『社会科学のためのモデル入門』が復活してい
ることをお知らせすることなく、実は随分前に自分は手に入れたのに,黙っていた。ご
めんなさい。
 実に簡単なモデル(モデルにとってはシンプルさは命である)を使って,社会につい
て考えることを鍛えてくれるトレーニング・キット。すぐに役に立たなくなる情報を詰
め込むのに時間をかけるくらいなら、これをやろう。誰かが「大学4年間一冊も本を読
んではならない、というオキテがあっても、これだけは免除してあげて、と言いたくな
るくらい」と言ってたほどの名著。
 真っ赤な表紙が目印。さあ、本屋へいそげ。


■■シンシア・ウィッタム『読んで学べるADHDのペアレントトレーニング』
                            (明石書店)====amazon.co.jp

 叱ることは「麻薬」になる。
 まず叱る側の事情。相手(子供)の問題行動は、叱れば、その時はやめてくれる。
相手の問題行動のせい(だと自分では思う)で生じていた自分のイライラも,その時は
消える。イライラが消えることで、叱るという行動は「強化」される。つまり

 (子供の問題行動→)イライラ→叱る→イライラ消える

 となれば、イライラが生じた場合、叱る行動が増えてしまう。ボタンを押すとえさが
もらえるネズミが,ボタンを押す行動を繰り返すように、あるいはバーを押すと水が飲
めるハトが、バーを押す行動を増やすように。
 次に叱られる側の事情。しかし叱ることは、相手(子供)の問題行動を、別のよい
行動に置き換えたり、問題行動のそもそもの原因を取り除いたり、してくれる訳ではな
い。そうした訳で、問題行動は,繰り返される恐れがある。叱ることに相手(子供)が
慣れていくと、叱ることの強さや量を増やさないと、相手(子供)は問題行動をやめな
くなるかもしれない。もっと悪い場合、相手(子供)は、叱られることを求めて問題行
動を増やす可能性がある。相手からの注目が不足している場合、叱られることだけが,
相手から得られる唯一の注目される機会の場合など、「叱る」ことが相手(子供)にとっ
てはムチではなく、アメとして受け取られるのだ。

 注目されず→問題行動→叱られる(=という注目が得られる)

 となれば、注目が不足している場合、問題行動が増えてしまう。ボタンを押すとえ
さがもらえるネズミが,ボタンを押す行動を繰り返すように、あるいはバーを押すと水
が飲めるハトが、バーを押す行動を増やすように。

 この両者の事情は、悪い風に組み合わされることが容易に想像できる。叱る行動が問
題行動を増やし、問題行動の増加は叱る行動の回数と強度をますます増やすだろう。な
ぜこの悪循環は抜けがたいのか。
 ジョン・プラットという人はソーシャル・トラップという概念を提示した。短期的に
「好ましい結果」が、長期的には「好ましくない結果」につながっているのは一種のト
ラップである。ほんとはやめた方がいい行動が、短期的に「好ましい結果」のせいで、
ますます増えてしまうのだから(そこからなかなか抜け出せない)。アルコール依存者
は、結局はアルコールは悲惨な結果を引き起こすことを知らないのではない、いまここ
の短期的な「好ましい結果」(いまここの不安やイライラを消すこと)を求めて、アル
コールを飲むのである。叱る者は、これと同種のトラップにはまっている。あるいは叱
ることにアディクト(依存)している。
 それと向き合う相手(子供)も、問題行動によって,自らの体や心が傷つくという結
末があることを知りながらも、普段は得られない(叱るという形ではあるが)注目を得
られることを求めて,問題行動を繰り返す。
 叱ることは、叱るものー叱られるものの間で悪循環を形成して、しばしば「麻薬」の
ようなものになる。叱ることと問題行動のともに拍車がかかり、エスカレートした『叱
り」は、やがて「虐待」の域に達する可能性だってある。

そういえば、チビの経済学者ミルトン・フリードマンは、むかしこんなことを言ってい
た。
「インフレーションをなくすのは実に容易いことだが、人類は永遠にそれを手放さない
でしょう。
インフレは、酒を飲むことのように、よい面が悪い面よりも先にきてしまう。好景気、
賃金アップ。しかし結局はすべてはご破算になり、さらに悪い結果になる。二日酔のひ
どい頭痛を抱えて、人はもう金輪際酒なんか飲むもんかと思うでしょう。けれど心地好
い酔いのために、決して彼は酒をやめようとはしないのです。」


■■遠藤 寛子『算法少女』(ちくま学芸文庫)===============■amazon.co.jp

 この項は、特定の読者を狙い撃ちするつもりでいく。
 時は江戸時代。町医者の父、千葉桃三から算法の手ほどきを受けていた13歳の町娘あ
きはある日、観音様に奉納されていた算額(和算の難問に挑み解けたら寺社に奉納する
習わしがあった)に、誤りを見つけて思わず声をあげた。その出来事が久留米藩主・有
馬侯の耳に届いたとき、あきの運命の歯車が回り始める……。
 安永4(1775)年に刊行された実在の和算書『算法少女』の成立をめぐる史実を丁寧に
追いながら、あどけない町娘の少女が、自分の才能だけを武器に、身分や権威と渡り合っ
ていくストーリー。はたしてあきは、姫君の算法指南役になるのか? 上方算法に対抗
心を燃やす関流の実力者・藤田貞資が送り込んで来た少女刺客(といっても和算勝負を
するのだが)との対決の行方は? など手に汗にぎるジュニア向け歴史活劇。まるで和
算版チャングムである。
 本書は1973年に刊行され、翌年サンケイ児童出版文化賞を受賞したものの、長らく絶
版であった。数学教育関係者の声に押されての、この復刻。いっそ、京都アニメーショ
ンあたりにアニメ化させたらどうだろうか。
 それにしても『算法少女』が復刻された、このちくまMath&Scienceシリーズって、
凄いラインナップ。ディラックの『一般相対性理論』にヒルベルトの『幾何学基礎論』、
森毅の『位相のこころ』『現代の古典解析』、山下正男の『思想の中の数学的構造』、
フリーマン・ダイソンの『宇宙をかき乱すべきか』、さらにはブルバギの『ブルバギ数
学史』、マッハの『マッハ力学史』まである。


■■『辞海』(上海辞書出版社)======================■

 辞海は、中国でよく知られ権威がある、日本で言えば、広辞苑にあたるような中国の
辞典で、百科項目が多いところも広辞苑に似ている。現在の版は中国(人民共和国)建
国50周年にあたる1999年に出た版で、カラー版、普及版、縮印版などがある。カラー版
が1999年版「辞海」を代表する主体版。これは5巻からなっており、全てカラー印刷で、
絵と語句も豊富である。また1989年版よりも385%多い1万6000枚もの写真が収録されて
いる。普及版は3巻本であるが、これを1冊にまとめた縮印版が、収録単字19485字、
詞目122835条のまま写真・図版も多く、コンパクトでコストパフォーマンスが高い。附
録に「外国人人名訳名対照表」と「外国地名訳名対照表」があるのも便利で、たとえば
マンチェスター(Manchester)を漢字でなんと表現しているのか探すと、「曼切斯特」
と書くことが分かる。索引も繁体字、ローマ字、ロシア文字から引ける。
 清朝が倒れた直後の 1915年に中華書局の陸費伯鴻氏が、総合辞典を目指して出版し
たものが最初のもので、その後、別の編集主幹による『辞海』全2冊が1936年に出版さ
れると、近代中国における初の本格的な大辞典として評判となった。
 毛沢東もこの辞典の愛読者で、「この辞書を使って20年になります。戦争中も携行し
ていましたが、戦況が緊迫した際、やむなく埋めてしまい、後に探しても見つかりませ
んでした。もうかなり古くなったので、改訂をしてもらいたい」と内戦に勝利し、中華
人民共和国を建国後、1957年に直々に改訂を指示を出した。国を得ても辞書は失ったの
である。
 さて、この国家主席の指示に、辞書編纂には5000人の専門家が導入された。二十数年
の歳月をかけて1979年に全3冊が完成。これが現行の「辞海」のベースであり、以後1
0年後とに89年、99年と改訂版が出版された。なお、 99年版には江沢民が題字を揮毫
している。
 この10年ごとの改訂作業であるが、現在2009年版の編纂がはじまっている。改
訂作業は、基本的に内容のアップトゥデートなので、どのような新語を入れるかが重要
な作業になるが、2009年版の編纂には編集主幹として、79年、89年、99年版に引き
続き、102歳の夏征農氏が務めることが話題となっている。すでに「インターネット」
(因特網)、「マルチメディア」(多媒体)、「遺伝子組み換え動物」(転基因動物)、
「社会主義市場経済」などは99年版で立項されているが、広辞苑にどんな新語が採用さ
れたかがニュースとなるように、次の辞海にどんなコトバが入るかは、中国でも報じら
れ話題となっている(なんでも中国発の有人宇宙船は立項されるが、中国で人気の女性
ボーカリスト・オーディション番組「超級女声」の略称「超女」は、ファンの厚い期待
にも関わらず却下されたそうである(そりゃそうだろ)。


↑目次    ←前の号    次の号→

inserted by FC2 system