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           読 書 猿   Reading Monkey
             第13号 (年忘れ、今年のN冊号)
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 ■今回の読書猿は、いろんな人に「今年のN冊」をあげてもらいました。
  新聞なんかでよくやってる企画です(ああいうのに書いてる人って、
  ホントろくなもの読んでないですね)。
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[今年読んだ本から3冊 fujimi-dai]

■■松浦理英子『ナチュラル・ウーマン』(河出文庫)amazon.co.jp

 連作短編三作を収録。真ん中の「微熱休暇」が漱石のパロディになっていて、それ
どころか全体が「こころ」のような三部構成になっているのであった。ただし松浦が
書こうとしたのは「明暗」の方だと思う。
 それで、この作品集は漱石を頼りにして深読みができるのではないかと思ってしば
らくあちこちいじってみたが「漱石のパロディ」以上の結論がでてこないので(笑)
止めてしまった。今考えてみるとこれは明らかに逆で、松浦を頼りに漱石を読み返す
のが本当だと思う。

■■吉田健一『舌鼓ところどころ』(中公文庫)amazon.co.jp

 この人は常識は言わずとも明らかなことなのだから改めて言わないという考え方(
まあ普通にもそうだろうけれど)で、しかも本人は常識に基づいた意見を吐いている
つもりでもこちらには奇抜なものに思えることがしばしばであるから読むに従ってわ
だかまってくるものがある。そのうちに種明かしのようなことを書いてくれるのでは
ないかと期待していると、期待していたとおりではない書き方なので、自分の読んだ
ことが本当にその通りの理解で良いのかどうなのか不安がいっそう募る。こういう心
理のことを貧乏性というのだと、つくづく考えてしまったのは我ながら情けない。
 ところでこれに続けて『私の食物誌』(中公文庫)も読んでみたのだが、『舌鼓』
とほとんど全く同じネタを使っていながら力点の置き方が異なるのでまるで違う出来
事を書いているように見えるのには、さすがだと思った。

■■フェルナンド・ペソア『ポルトガルの海』池上岑夫編訳(彩流社)amazon.co.jp

 アントニオ・タブッキの小説でたびたび言及されるので(と言うよりタブッキは元
々ペソアの研究者なのである)読んでみた。ペソアの「異名」という戦略のポイント
はたぶん詩の(小説の、でも)作者というものを虚構化して見せたところにあるのだ
ろうが、海の彼方の極東の、それもペソアから百年も隔たってしまった読者の手に渡
ったとき、すでにペソアという名前は色褪せてはいないか。作品は残ったとしても、
である。
 自分自身ではない複数の詩人を演出するというやり方は当人には刺激的だろうし、
文壇とかの狭い範囲の人間関係では有効だろうけれども、そもそも読者は詩や小説の
作者のことをそんなに気にかけているのだろうか?
 どうもペソアのやったことは空振りだったような気がしてならないのだが、ペソア
が実名でない名前で詩作していたことについては当時から「誠実ではない」などとい
う批判があったというから、それにはそれでそういう問題ではないだろうと言いたく
なる。
 ちなみにペソア pessoa は英語ならば person に相当するポルトガル語で、つまり
は「ペルソナ」である。本名なんですけれどね、これ。

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[私のN冊 oka]

■■新井素子「おしまいの日」amazon.co.jp
あらすじ:毎日日記をつづる主婦美津子。夫「春さん」の帰りが遅い遅いと待
ちながらおなかの中にいるもう一人の「春さん」を白い虫だと感じながら、つ
いに「おしまいの日」がやってみきて、美津子は失踪してしまう。
あとには手紙が残されていて自分はこの世から消えてしまったこと、しかしお
なかの子供と生き続けることなどがつづられている。その後再婚した夫は過労
死。読むよりも解説したほうがおもしろいという数ある文章作品のなかの一
つ。
みどころ:写真を見ると新井素子はいとうせいこうに似ているが、高野文子の
友達なのでとても偉い人だというのは間違いがない。
動機:引っ越し先に忘れ去られていた。怖かった。

■■「私の文学」秋山駿ほか出演

解説:おやじ風にいうならばまさに文学が呼吸(過呼吸?)していた頃の文学
者達の暑いバトル。朝まで生テレビよりはおもしろい。
みどころ:
<石原慎太郎
□大江、おれはおまえと違って何回でも女をいかせる。
□大江の「不幸な子供」について
□大江バカヤロ
<吉本隆明
□恋の話
□聖書の話
<井上光晴
□俺はトランプ占いでブルジョアの心情がわかるんだ
<高橋和巳
□大学時代は敬虔なジャイナ教徒で、それによって僕の青春は訪れたんだ
<北杜夫
□文学では斉藤茂吉さんという人のファンでした
<吉行淳之介
□よくよく考えたら俺もう死んだおやじより年上なんだよね。あのガキってか
んじでさ。

 ということでNGワードばしばし。ほかにも深沢七郎、福田恒在、野間宏など
多彩にいるけど、危険なので書けない。
 ちなみに古書店で300円だった。

■■三島由紀夫全集補巻「対談」
対談読み岡さんの本領発揮一歩手前寸前よりはるか前の一品。
柄谷行人が畏怖する人間かなにかで小林秀雄が三島の金閣寺について言ったの
とか、石原慎太郎が拳銃をかまえて三島が真剣でそれを受ける格闘シーンなど
も圧巻。モブシーンあり。無修正。旧字。

■■中村慎一郎「文章読本」

数ある文章読本の中で岡が薦める文章読本。これを読むと中村光夫のネタと柄
谷行人のネタがかぶっていることがよくわかる。文章読本とかかれているが森
鴎外や白樺派などを中心に文体の成長と発展を感動的に描いた力作。後半は佐
藤春夫プルースト説で万歳万歳。ほかに野間宏やめったにみれない文学者の文
体をかいま見れて360円はお得。同じ価格のドクタースランプ二巻のブビビ
ンマンを捨ててでもよむべし。
みどころ:岡は三冊買って水曜会で小林と池山にプレゼントしたことがある。

■■山東京伝「江戸生浮気蒲焼」

馬琴の師匠である京伝のお話で、あらすじを読んだだけで泣いてしまうが、よ
く考えると解説が名調子で、たしか日本の古典って本に掲載されてた。ものは
見つからない、どなたか詳しい内容の連絡を!

■■デュラス「太平洋の防波堤」amazon.co.jp

デュラスアル中期懇親の一作(それは北の愛人か)。もろい女氏「あたしもう
デュラスの「愛人」と「北の愛人」と「太平洋の防波堤」がありゃ一生いい
よ、そんで」とまで言わせたもろい三部作のなかの二作目(かは知らない)

みどころ:かにが防波堤を喰う(池山氏(学士論文デュラス)談)

■■水木しげる「南方熊楠」amazon.co.jp

大水木翁最新作(かどうかはしらん)、南方の執拗なまでの実験精神、チンポ
を十倍にはれあがらせた蟻の実験をするために日夜全裸で庭に寝ころぶシーン
は圧巻。全米を泣かせた渾身の秀作。

みどころ:なぜかシェイプアップ乱と猫がまぶたの奥でだぶる。

■■安岡章太郎「質屋の女房」amazon.co.jp

文体にメロディーがあるが音痴の安岡章太郎の処女短編集(だと思う)。解説
が小島信夫というだけで不幸なのに、その中で梶井基次郎を出される不幸。

みどころ:小島信夫が解説

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[実は読んでない今年のN冊  kurubusi]

■■ジェイムズ『宗教的経験の諸相』(岩波文庫)amazon.co.jp

 これは経験から言うんだが(笑)、どこかに少しでも「自分は頭がイイ」と
いう思いがあると、経験論なんてバカらしくて読めない(笑)。なんとなれ
ば、経験論とは本来的にバカらしいからである。しかし人間というものは、第
一次近似でいうとバカだ。だから世界中、経験論はどこでも友達を見つけるだ
ろう(あるいはいたるところで敵にぶつかるだろう)。
 鶴見俊輔が言っていたことだが(ある意味で今年は、鶴見俊輔の年だったと
言えよう(笑))、ジェイムズはどこかで(たぶん『心理学』で)、こんな話
をしている(余計なことだが、ジェイムズのそれはいつも「たとえ話」ではな
く、単に「実話」だ)。昔は歯を抜くための麻酔に、笑気ガスというおおらか
な薬品を使っていた。そのガスを吸うと無性に楽しくなるのだが(在りし日の
パーティドラッグである)、おまけに痛みという感覚が薄れてしまう。ある
日、歯医者は自分でガスを吸って、いい気分になっていた。お手軽にトリップ
してしまって、その最中に真理を発見し(つまりそういう気になった)、それ
をその辺りにあった紙切れに書き付けた。ヒッチコックは同様のシチュエーシ
ョンの小話を、「夢の中で素晴らしいアイデアを思いついた脚本家」というタ
イトルでやっている。もちろんオチは目覚めて(正気にかえって)、すっかり
忘れてしまっていたそのメモを見るときだ。歯医者はメモを発見した。それに
は真理が書いてあった。「オレはガスで酔っぱらってる」。

■■フロム『自由からの逃走』(東京創元社)amazon.co.jp

 こんな本が未だに版を重ねてるのは、「歴史を越えた名著」だからというよ
り、「社会(の問題)について話す時は、心理(の問題)について話す」のが
大好きな世情のせいだ。「国民感情」って比喩なんだよ(笑)。「国民」さん
ってのが怒ってるわけじゃないんだ。「好き」というより「それしかできな
い」のだけど、それはとりあえず置いとく。
 個人と社会の相似対応を前提に、意識(の問題)から社会(の問題)を構成
してみせるやり口が論証してみせるのは、一種のパラドクスにみえる、「共同
体・家族などの絆から解放された個人」は「無力で孤独で不安な動揺しやすい
存在」になってしまい「容易に全体主義に走る」という話であるが、実のとこ
ろこんなのは前提の繰り返しているにすぎない。個人(の幸福・利益)と家族
・共同体(の幸福・利益)とが相似対応するという「家族(神話)」や「国家
主義」は、今みた社会心理分析と前提を同じくしているのだ。分析が自身のた
めにその前提を引き寄せるなら、結論もまたその前提に見合った(あるいは前
提そのものとすらいえる)ものになるだろう。パラドクスがあるというなら、
「全体主義」を対象にしたはずの分析が「全体主義」を結論する分析になって
しまうところのはずだが、もちろん、こんなのはパラドクスでもなんでもな
い。分析するものと分析されるものが、同じ顔を向け合っているのだから、そ
の「合わせ鏡」から同じ顔をした問題たちと分析たちが、繰り返し出てくるの
は想像に難くない。
 現代の「孤独」は、決して「切り放された」ものなんかじゃなく、つねに
「他人はどう思っているか」という思いに頭の先まで浸かっているが故の「孤
独」であるのだと、ずっと以前に誰かが言ってしまっているのに。それから
「どう思おうと関係ねえ(意識なんか知ったことじゃねえ)」と言ってしまっ
たのが、ほとんど今世紀の思想だったはずなのに。やだなあ、「心の時代」だ
もんな(笑)。

■■水木しげる『猫熊』(ちくま文庫)amazon.co.jp

 どうして「熊楠についての本」はイヤなものばっかりなんだろう。人間のク
ズが打ち上げられたような感じだ。水木しげるの本は、ほとんど唯一の例外。
くびすせんせと「唯一正しい熊楠本」と結論した。おなじちくま文庫の『くま
ぐす外伝』は、これまた水木しげるの解説が最高。そういえば、『光る風』と
『一万十秒物語』(だっけ?)が、これまたちくま文庫に入ったね。

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[今年ナニした本たち SYNTHE]

【今年、年末になってヨミ始めた本】
■■フィールディング『トム・ジョウンズ』朱牟田夏雄訳(岩波文庫全4巻)amazon.co.jp

日本ではどう評価されているのか知らないが、18世紀英国の名篇(ということ
らしい)。映画化もされているはずで、変態庵地方に引っ越してきて間もない時
期にTVの深夜放送で観た記憶あり。作者(あるいは訳者)の遊びをヨミとれた
らいいなと……。

【今年買ってまだヨんでない本】
■■S・キング『グリーン・マイル』(新潮文庫)全6巻amazon.co.jp

キング・フリークの知人によると、キングの作品がやたらと映画化されるのは、
「くどいほど書き込んで描写してある」からだそうだ。「ヨんで、そのまんまビ
ジュアル化すればいいような書き方」ということらしい。よくわかんないけど。
私はキング作品に怖さって、あんまり感じられない。映画で怖かったのは『世に
も怪奇な物語』のフェリーニが監督した『悪魔の首飾り』のラストに出てくる
少女の微笑……って、あれは原作はポオだった。

【今年入手した絶版品切れ本】
■■ディドロ『ダランベールの夢』(岩波文庫)amazon.co.jp

荒俣宏が『別世界通信』とかいう文庫の巻末で「幻想文学100冊」みたいなこ
とをやっていて、そこで岩波文庫3大奇書の1つとしているもの。東京駅八重洲
地下街の古書店にて、300円でゲット。めでたしめでたし。

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[今日立ち読みした数冊 hirao-sense]

■■広川洋一『ソクラテス以前の哲学者』講談社学術文庫amazon.co.jp

 まずは岩波の「ソクラテス以前……」5巻本なんぞは余計なお世話だという
話である。既に岩波では『初期ギリシャ哲学者断片集』というのが出ていた。
5巻本の元になったのは通称ディールス=クランツというドイツで編集した断
片集3巻本だが、『初期ギリシャ哲学者断片集』はその中から主なものをセレ
クトしたものだ。もう読むにはこれで十分なのである。で、もっと知りたい人
とか専門家はディールス=クランツ版を読みゃあいい。5巻、値段も高い、こ
んなもの普通は買えない。奥さんに「買ってくれ」と泣き付いたところでなか
なか「うん」とは言って貰えないのである。
 で、講談社学術文庫のである。ヨーロッパでは、ディールス=クランツから
セレクトしたものにコメントを加えたという体裁のものがたくさん出ている。
それの日本版という感じ。『初期ギリシャ哲学者断片集』と、この広川さんの
本があれば、岩波の五巻本はいらない。ただし、広川さんがどんな解説を書い
ているのかは読んでない、引用されている断片しか見てないから、責任はもた
ん。

■■道旗泰三『ベンヤミン読解』(解読だったかもしれない)平凡社amazon.co.jp

 ああ、出てるなあと思った。道旗さんというのはK君の先生だが、そのK君
が知らないのにどうしてW君が知って流んだとK君が言っていた。
 初期だけというのではなく、『ドイツ悲劇の根源』から『パサージュ論』ま
でを扱っている、とかなんとか帯に書いてあった。

■■柄谷行人『差異という場所』講談社学術文庫、『坂口安吾と中上健二』太田出版

 柄谷の見慣れないタイトルの本があったので見てみたら、どっちも再編集も
のだった。『漱石論集成』といい、最近の柄谷には困ったものだ。『坂口安吾
と中上健二』の方には、ひょっとすると読んでないかもしれない文章があった
かもしれないが。
 
■■ヴィトゲンシュタイン読本、レクラム文庫
 今までヴィトゲンシュタインはレクラムに入っていたのかどうか、私は確か
めてないが、ひょっとすると始めてかもしれない。小さい本だから欲しいと思
ったが、値段を見ると1000円を超えていたので(1600円強だったと思う)よし
にした。ぱらぱらめくってみると、「私的な痛み」とか、そんな言葉が目に入
ってきた。


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