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           読 書 猿   Reading Monkey
            第114号 (しんまいほいくし号)
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■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。
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 ■読書猿は、本についての投稿をお待ちしていました。

■■清原なつの『私の保健室へおいで…』(ハヤカワ文庫)=========■amazon.co.jp

 「読書猿の100冊」みたいなのをつくるなら、清原なつのの何冊かは間違い
なく入る。ラッセルやスコトゥスを落としても、いやトインビーやショーペンハ
ウアーを落としても、いやいや川原泉を泣く泣く落として坂田靖子を入れても
(何を入れるかはよくわからないが)、清原なつのは間違いなく入る。
 ぶ〜けコミックスの最初の2冊『群青の日々』(表題作には、涙なしには読め
ない「知識を蓄えるのはたのしい」というセリフあり。あと昭和史が疾走する
「カメを待ちながら」、脇役秀才が暴走する「聖バレンタインの幽霊」、「人間
には遺伝子以外にも残せるものがいっぱいある」という名セリフの「8月の森を
出て河を渡って」、ああ全部じゃないか)と『アンドロイドは電気毛布の夢を見
るか?』(これも表題作の素晴らしさに加え、傑作「セーラー服の気持ち」と怪
作「勅使河原松生の半生」が入ってる)、それからりぼんマスコットコミックス
『ゴジラサンド日和』(表題作が展開する「赤い糸・前後賞」理論については以
前にちょっと触れたことがある。あと怪作「粟田洋館栗羊羹殺人事件」も収
録)、あとガリ勉の花岡ちゃんと悪魔のように頭がいいハゲの蓑島さん、それか
らその後美人悪役レギュラーとなる笹川華子女史の出てくる最初のコミックス
『花岡ちゃんの夏休み』も捨てがたい。ほかにも「3丁目のサテンドール」
(『3丁目のサテンドール』)や「スキヤキ ジゴロ」(『あざやかな瞬間』収
録)や「聖笹百合学園の最期」(『花図鑑1』ぶ〜けワイド版)や「世界爺ーセ
コイアー」(『花図鑑3』ぶ〜けワイド版)や……。
 ところが清原なつののコミックスはすべて絶版だというではないか。なんとい
うことであろう。「読書猿に出る本は、本屋どころかインターネットですら買え
ない」と、e−ビジネス時評家みたいなヤツに陰口叩かれたことがあるそうだ
が、今回ばかりは「復刊ドットコム」のリンクが張りたくなった。
 今回の本はハヤカワから続々でた清原なつのの文庫本の4冊目だが、詳しい事
情については、これについてるとりみきの解説と、そのとりみきが「言いたいこ
とはすべて山本に言われてしまった」とリンクをつけてる、3冊目『春の微熱』
(ハヤカワ文庫)の山本直樹の解説を参照のこと。この文庫シリーズ、なかなか
のセレクションでもある。
 それにしても、清原なつののコミックスがすべて絶版だとは。ああ、二度も書
いてしまった。


■■中原正二著『火薬学概論』(産業図書)================■amazon.co.jp

 いろんな学問があり、またいろんな学会がある。たとえば「火薬学会」という
のがあって、将来構想委員会というのをつくって、将来を考えている。どうも
「火薬学会」という名前がいかがなものか、ということらしい。アンケートを
とってどうですか?と会員に尋ねたりしてる。「危険なイメージがある」とか
「即物的で学問分野としての発展性が感じられない」「同じような研究をやって
いても,「火薬」のイメージがあると投稿等をしにくい」などの意見が寄せられ
ているらしい。「火薬学会」ピンチ!!「高エネルギー物質学会」などの代案が
出されているが、全然部外者だが「火薬学会」は惜しい気がする。 火薬学は英語
ではExplosion TechniquesとかExplosives Engineeringというらしい。
 『火薬学概論』は代表的な教科書のひとつ。教科書には他に、日本火薬工業会
資料編集部『一般火薬学』(日本火薬工業会)などもある。
 次回辺りは、礼拝学の話をしたいと思う。
 

■■Charles Booth『Descriptive Map of London Poverty』
              (London Topographical Society)======■

 再開発でできたバービカンの一角に、かつてロンドンをぐるりと囲った城壁の
残骸に寄り添うようにロンドン博物館がある。石器時代から現代までのロンドン
の歴史を展示したしぶい展示だが、ここのはあの、Booth's Map of Poverty
(ブースの貧困地図)のオリジナルが、壁にどんと張ってある。
 ブースという人は、「科学的貧困調査」を始めた人で、近代社会政策の父、い
わば貧乏の神様である。
 ブースが登場するまでの19世紀の代表的な「貧困観」というのは、「貧困は
個人の責任であり、社会の側に責任は無く」むしろ「無差別な救済は貧民を堕落
化する」というものだった。近頃ますます「普通の人たち」(を自認してる中産
階級下層の人たち)が言いそうなことに思えるが、後者の考えは、相手の真のニー
ズに対し無頓着で、与える者の慈善心を満足させることに腐心していたそれまで
の慈善事業(何だか自分探しや自己実現のためにボランティアに走る人みたい
だ)に、反省を促し改革を訴えたものだった(この反省・改革から家族を支援す
るケースワーカーが生まれた)。
 それなりに進歩だった、新救貧法(1834年)や、ニーズを強調しそれまで
恣意的・無秩序に行われた慈善の組織化を目指した慈善組織協会(1869年)
も、「貧困は個人の責任」という貧困観を保ち続けた。
 貧困は社会問題となっていたが、相変わらず「見えないもの」だった。切り裂
きジャックの事件は、だから社会政策史上の画期となった。この猟奇事件によっ
て、人々(つまり自分を「市民」と呼ぶことができるほどの経済的余裕と政治的
力を持った人たち)に、貧困と犯罪の集中するイーストエンドを再発見させたか
らだ。
 ブースの調査もまた地理的だった。報告書の下になった調査でつくられた「貧
困地図」には、PoorestからRichestまで、色では濃い青から濃い赤まで、ロンド
ンの家を一件一件色分けしてある。100年前のものとはいえ、こんなものをど
うどう展示してあるのは、日本の感覚だと驚きである。ただ、切り裂きジャック
のBrickLienは本当に辺り一面真っ青(Poorest!!)に塗り込められていたり、
ジャックロンドンが書いたbowは、表通りはまだ真っ赤(middle class!)だっ
たり、すごぶる具体的である。
 貧困は地理的に偏在すること、それが都市問題として現れることを、これ以上
のコトバが入らないくらい示している。偏在するので、貧困は見えにくいものと
なる。けれども都市のような密集したところでは、(これはMuseum of London掲
示の解説文にあったものだけど)indifference between the rich and the poor
なものとして、たとえば伝染病として発現する(あるいは犯罪として)。ほんと
は無差別ではないのだけれど(伝染病罹患率も犯罪遭遇率も、貧困層ほど高
い)、そこまでいって初めて「都市問題」として浮上する。
 ブースは調査をまとめ、1.ロンドンの全人口の約3分の1が「貧困線」(=
週賃金21シリング)以下の生活を送っていること。 2.貧困の原因は、飲酒・
浪費等の「習慣の問題=個人の責任」ではなく、賃金などの「雇用の問題」が疾
病・多子などの「環境の問題」に起因し、特に前者が大きく作用していること。
3.貧困と密住は相関すること、などを明らかにした。ブースは、貧困をカラー
リングして「目に見えるもの」にしただけでなく、その仕組みの一端をあばき、
「社会政策」の必要を示して見せた。
 このブース地図、ロンドン博物館のミュージアムショップで20£で買える
(A2版の地図4枚に解説付き)。実はアマゾンでも買えることを知った
(ISBN: 0902087207)。
 ところが、どっこい、ブースたちが拠点としたロンドン・スクール・オブ・エ
コノミクスのホームページには、この地図が拡大縮小機能付きで掲載されてい
て、しかも便利この上ないことに(笑)、現在の詳細地図の当該場所が、自動的
に同時に表示される。(しかもブースの調査ノートの当該ページの映像ともリン
ク付きである)。
Charles Booth Online Archive
http://booth.lse.ac.uk/
「地図を片手に」というには少々大きいが、日本では憚られて視野の外に置かれ
がちな都市のリアリティの一側面をつぶさに見ながら、町歩きができる都市はそ
う多くない。


■■板倉聖宣・塚本浩司・宮地祐司『たのしい知の技術』(仮説社)======■amazon.co.jp

 稀代の科学史家、板倉聖宣の実にクラフトワークな研究の手管を、アカデミ
シャンでない弟子たちが尋ね聞く。「現場」みたいな知の技術の本を以前紹介し
たが(いや紹介しなかったのか)、こっちは「手作り」。実にアルチザン(職
人)的で味わい深い。研究に時間を費やせない非アカデミシャン(共働き)の実
践報告もあり。学者先生は教授になると会議ばっかりやって、どうして研究しな
いんだろうね、こんなに楽しいのに。というような解き語り。そして実に役に立
つ。
 板倉さんは、東大でできた科学史教室の初めての生徒。科学史を教えられる先
生がいなかったから、研究のやり方は自分で考えた。偉い先生につくと、教わっ
た・伝承した「方法」が大事だから(学問・学派の境界=アイデンティティは、
つまるところ「方法」に依るので)、自分勝手には変えにくい。でも、所詮自分
で作った「方法」だから、また作ればいいだけ。
 その他、ビブリオグラフィをグラフ化すると何が見えるか、とかテーマを決め
たらとりあえず資料を集めるだけでなく、そして10万円分はコピーする。それ
も両面コピーして製本までする。両開きの資料が作れると、それだけで研究効率
が全然違う。それで他の仕事が待ってても(編集者が日参しても)集中して1週
間で研究をやっつける。でないと飽きるから(笑)。



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