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           読 書 猿   Reading Monkey
            第112号 (じゆうとへいわ号)
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■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。
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 ■読書猿は、本についての投稿をお待ちしていました。

■■梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)============■amazon.co.jp

 関満博という人の『現場主義の知的生産法』(ちくま新書)というのを読んだ
ら、「歩く経済学者」と言われるこの人も、20歳から30歳代半ばまでは、
B6カードをつかって「文献主義」だったのだという(3万枚の文献カード、1
万枚のB6カードのメモをつくったそうだ)。そうして「現場」に巻き込まれ
「現場」に関心が傾斜していくにつれて、「現場」の情報量の多さに「カード」
ではとても応じられなくなって、30歳代後半にはほとんどカードに触れなく
なったのだという。今では「数万枚を作成するための膨大な時間を無駄に使って
いたのではないかと深く反省している」そうである。「カードを作成する、キチ
ンと整理することは、かえってまずいのではないかと思うようになった」。最大
の問題は、「時間をかけて整理すると、それで仕事が終わったような気分になっ
てしまう」ことらしい。
 さて、いくつかのところで「文献研究にはノートが向いているが、フィールド
調査にはカードが向いている」というのをぼんやり読んだことがある。これはた
ぶん通称「京大型カード」(横18センチ・縦13センチで、B6版の大きさ)
を流行らせた、罪づくりな『知的生産の技術』の著者梅棹忠夫が、フィールド志
向の民族学者で、同じ本のなかに、自分はあんまり文献を引用しないからよく侮
られるけどこれでいいのだ、みたいなことを書いてるのが元なのだろう。
 「〜だろう」と曖昧なことをいわずに、ここは「文献主義」的に、まずは原典
に当たってみるべきかもしれない。

 文献主義そのものではないが、本の引用について。
「じつは、わたしはある時期に、「あいつは本を読まないそうだ」とうわさをた
てられたことがある。人物評などで、はっきりかかれたこともあるし、面とむ
かっていう人もあった。……そんなうわさがたったのは、おそらく、わたしが
「読書はすきでない」という意味のことを書いたことがあるからだろう(『私の
読書法』)。しかし人間は、あまりすきでないことでも、していることがたくさ
んあるものだ。」(『知的生産の技術』p.115)
「たくさん本をよんで、それから縦横に引用して何かをのべる。いかにも学問的
でけんらんとしているようにみえるが、じつはあまり生産的なやりかたとはおも
えない。」(p.116)
「むしろ一般論としては、引用のおおいことのほうが、はずかしいことなのだ。
それだけ他人の言説にたよっているわけで、自分の想像にかかわる部分がすくな
いということになるからだ。」(p.117)
 でも、本(書籍)は生モノじゃなくて逃げないから、カードがつくりやすいん
だよね。

 あとカード方式の誕生に触れては、こんなのがある。
「わたしがもし、文献だけを相手に研究する書斎派の学者であったなら、文献
カードはたくさんつくっただろうが、おそらくはノートのかわりにカードをつか
うという発想はでてこなかったのではないかとおもう。」(p.39)
「戦争ちゅう、わたしはモンゴルで遊牧民の調査をしていた。終戦後、その調査
資料をかかえて、日本にかえってきた。ぎっしりかきこんだ数十冊の野帳をまえ
にして、さて、これをどう処理しようかと思案した。ちょいちょいとページをめ
くって結論をまとめるには、材料が豊富すぎたのである。そのとき、この資料全
部を項目にばらして、カードにしてしまうという方法を思いついたのだった」
(p.41)
 情報量が多すぎて、カードにしたというのである。

 カード方式がうまくいかないのは習慣化しないからではないか、と梅棹氏はい
う。ではどうすれば習慣化するか。
「それは、おもいきってカードを1万枚くらい発注するのである。1万枚のカー
ドを目のまえにつみあげたら、もうあとへひくわけにはゆくまい。覚悟もきまる
し、闘志もわくというものだ」。(p.64)

 このくだりをオチにする件については、ずっと以前に、いま泊めてもらってる
友人からのサジェスションがあった。覚え書きとして記す。

■■デュルケム『宗教生活の原初形態』(岩波文庫)============■amazon.co.jp

 デュルケムという人は、日本ではまるで流行らない。この人と並び称される
マックス・ウェーバーという人の本が未だに売れ続ける(ほんと?)のとは対照
的に、だ。
 ラカンが言ってるようなことはすでにフロイトが言っている、というのと同じ
くらいには、レヴィ・ストロースやブルデューが言ってるようなことはすでに
デュルケムが言っている、というのに、である。
 ときに乱暴に振り回される「自己決定」の論理の、最も根元的な批判/制限の
根拠のひとつが、デュルケムにあるというのに、である。
 個人主義を前提にする「理論」とは反対に、「個人主義」の起源を問い、その
存立の根拠を捕まえる理論が、デュルケムにあるというのに、である。
 あるいはデュルケムの、スペンサーらの契約主義に対する批判は、今も装いを
変えて繁殖する功利主義的な思想に対するラディカルな批判である、というの
に、である。
 はたまた契約は、非契約的前提を持たなければ、無限後退に陥いり(契約を遵
守する契約、その契約をを遵守する契約……)、また社会に無数とある、あらゆ
る権利義務関係をいちいち契約し直すことを、その都度妥協点を探る無限の努力
を反復することを、人間は実行しえず、契約はあらゆる可能性をあらかじめ織
り込むことはできないが故に、契約内容のみに依拠しようとすると、予期しな
かった事態はその都度紛争と再契約の必要を生んでしまう……といった、契約の
実効化問題やコミュニケーションの無限後退の問題として、いまや耳に馴染みあ
る議論は、デュルケムのもとで思想として鍛え上げられた、というのに、であ
る。
 ほめる読書猿。

■■ホリヨーク『ロッチデールの先駆者たち』(協同組合経営研究所)====■

 どういう訳か、いまロンドンにいる。
 観光なるものをほとんどしてないので、次の訪問先からの連絡待ちの今日、強
い雨が午後2時にいきなりやんだのを幸いに、ハイゲート墓地へ出掛けた。ノー
ザンラインのアーチウェイ駅で降りて、駅前の坂をどんどん上って、適当に行っ
たらやはり道を間違えて、ベーコンストリートという道の突き当たりのおばあさ
んに道を聞いた。
 ハイゲート墓地へ行きたいというと、何も言わないのに「マルクスは東側の墓
地だから、まちがえぬように」と親切に教えてくれる(ちなみに、『ろうそくの
科学』のファラデーの墓は、西側の墓地にある)。
 知ってる人はご存じだろうが(インターネットにもいくつも画像が転がって
る)、マルクスの墓というのは元々はごく質素なものだったが、いまはソ連だか
東ドイツだか両方だかが金を出して、マルクスのでかい頭がのっている黒御影石
製になっている。しかも金文字で「哲学者たちは世界を解釈しただけだがウンヌ
ン」みたいな文句が入っている。黒御影石のでかい頭というのも相当にひどい
が、金文字が醜悪だと思った。ちかくにも知らないコミュニストの墓があった
が、これも金文字。まったくどうしようもない連中だ。ケインズですら墓がない
のに、唯物論者に墓が必要なのか、とざわざわした気分になる。
 マルクスの墓の向かいに、マルクスとほとんど同時代人であるスペンサーの墓
があることはよく知られている。こっちは実にシンプルでずっとましだ。社会進
化論者に墓が必要かどうかわからないが、でかい頭に辟易した後では妙にすがす
がしい気持ちになるのもやむを得まい。
 ずっと有名ではないが、マルクスの斜め向かいにホリヨークの墓がある。これ
も頭付きであるが、マルクスほどでかくない。ホリヨークは、ロッチデールの町
に生まれた世界初の協同組合、「公正先駆者組合」の指導者である。ここで生ま
れた「ロッチデール原則」は、いまでも世界の協同組合の指導原理となってい
る。彼が紹介した14原則は次の通り。
「以下は、『ロッチデール・システム』の14の主要な特徴である。
 1 先駆者は、主として自分たちで用意した資金で店舗を開設する範を示した。
 2 入手可能なもっとも純良な食料の供給。
 3 いっぱいに重量・分量をとること。
 4 安売りや商人との競争をせず、市価を請求すること。
 5 信用売りや信用買いをしないこと。こうして労働者の負債を防止すること。
 6 購買額に応じて、組合員に産まれた利潤を与えること。利潤を産み出した
ものがその分け前にあずかるべきだという認識。
 7 蓄積をするため、組合員にはその利潤を店舗の利潤銀行に残しておくよう
に勧め、それによって彼らに節約ということを教えること。
 8 利子を5%に固定し、労働と取引(これらだけが資本に実りをもたらす)
とが公平な利得の機会を得られるようにすること。
 9 工場での利潤を、それをもたらした人々の間で、賃金に応じて分配するこ
と。
10 全利潤の2・5%を教育に当て、組合員の進歩と向上を奨励すること。
11 すべての組合員にあらゆる任命、提案についての民主的な投票権(1人1
票)を与え、女性に対して、未婚であろうと既婚であろうと同様の投票権と貯金
を受け取る権利を与えたこと。なおこれは既婚女性財産法が存在するはるか以前
のことであった。
12 犯罪や競争が消滅した産業都市の建設によって、協同主義の商業や工業を
広げようという意図。
13 卸購買組合の創設によって、確実に純良な食料を供給するという、自分た
ちの宣言を実現する手段をつくりあげたこと。これがなければ、彼らにはそれは
不可能であったろう。
14 道徳性と能力とが、すべての勤勉な人々に対して、適切に方向付けられた
自助によって保証されている、そんな新しい社会生活の胚種のような一施設とし
て、店舗をとらえる構想。」
 ちなみにこの本の原題には、Self-help by the peopleという言葉がある。
 ハイゲート墓地の入り口で2ポンドを受け取った受付のおじさんは(有料なの
である)、やっぱりマルクスの墓への位置を、自分の指の股をつかって「分かれ
道を左に行け」とおしえてくれた。帰りに「マルクスは分かったか」と聞くの
で、それはすぐわかったけれど、ホリヨークの墓がわからなかった、知ってる
か?と尋ねた。知らない、とおじさんは答えた。「ロバート・オウエンは?ホリ
ヨークは彼の弟子なんだが」「オウエン?」「イギリス人で、初期のソーシャリ
ストだ」「いや、しらない」。
 部屋に戻ってから調べたら、Find A Graveというサイトがあるのを発見した。
世界の有名人の墓が検索できる。検索結果は、墓の住所がわかり、墓の写真も表
示されて、しかも、どういう人か知りたい人のためにアマゾンへのリンクまでつ
いている。
 ちなみにハイゲート墓地にはどんな人の墓があるかの一覧は、こちら。ここか
らホリヨークのも、マルクスのも見ることができる。
http://www.findagrave.com/cgi-bin/fg.cgi?page=gsr&GScid=638894


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