シェリング × スピノザ

精神と自然、平行論


 シェリングの同一哲学はフィヒテの、絶対的自我の観念論(主観的なもの、精神)とシェリング自身の自然哲学(客観的なもの、実在論的なもの、自然)とを統一するという、ドイツ観念論における新しい段階を示すものであった(→フィヒテ対シェリング)。
 この時期シェリングはスピノザの影響下にあったとされ、実際、同一哲学の代表作「私の哲学体系の叙述」は、不完全ながらスピノザ『エチカ』の幾何学的叙述形式を模している。また、体系の最初(始源)に精神と自然との絶対的な同一性を絶対者として置くことは、明らかにスピノザの唯一実体説を念頭に置いたものであった。後にヘーゲルが『精神現象学』において行なった批判も、シェリングとスピノザを立場を同じくするものと見なしている(→ヘーゲル対シェリング 第一ラウンド後半)。
 しかし、精神と自然、あるいは思惟と延長が、同じ資格で絶対者に属するという点、両者の絶対者における同一性を強調する点では類似性を持つように見えるシェリングとスピノザだが、スピノザとシェリングの時代は、当然、全く違っている。
 デカルトが精神と自然を二元的に切り離して考えて以来、スピノザのようにその同一性を主張する立場は一種の徒花であり、系譜は一旦途切れてしまう。ライプニッツ以来、カント、フィヒテと繋がる、特にドイツにおける哲学的系譜は、観念論、精神一元論的な傾向一色に染まったものとなった。シェリングが登場したのは、そうした観念論的傾向が最も先鋭的になった時、即ちフィヒテの観念論の時期であった。シェリング自然哲学は、そうした極端な観念論に対して立てられた。
 しかしシェリング自身、そうした自然哲学の立場は、単にフィヒテの観念論の裏返しに過ぎないことを自覚するようになる。ここに登場するのが、前期シェリング哲学の頂点である同一哲学である。しかし、これだけの前史をを経ているがために、シェリングの実在論の強調は、やはり観念論を前提としてではなくては成立しえなかった。そのために、例えば、スピノザで言えば唯一実体とされるものは、シェリングにあっては、「理性」と呼ばれる。それだけなら名目的なものにすぎないと言うことも出来るが、シェリングをスピノザから決定的に引き離すのは、絶対者、絶対的同一性の二つの要素の関係の捉え方である。
 まず第一に、スピノザが唯一実体において統一されているとしたのは、思惟の属性と延長の属性だけではなく、その他無数の属性でもあった。勿論スピノザも、人間の認識にとっては思惟と延長という二つの属性しか捉えられないとしている。しかしこれは、シェリングのように初めから精神と自然という二つの要素しか考えていないのとは違う。なぜなら、シェリングにとって精神は主観的なもの、自然は客観的なものであって、この二つは二つで一つのセットだからである。
 逆に言えば、スピノザにとって思惟と延長とは、主観と客観というセットとしては捉えられない。主観と言えば客観、客観といえば主観、この二つは対立していると見られるときでも実際は相補的なものであって、互いが互いを前提としている。しかし、スピノザにあっては、思惟と延長とは、他の無数の属性と同等に並ぶ、互いに独立したものたちの中の二つにすぎないのである。
 つまり、シェリングにおいて精神と自然とは、主観的なものと客観的なものとして、相互関係(連続性)において捉えられるのに対して、スピノザはこれら二つを含めた属性を質的に異なるものとして切り離す。スピノザにとっては、精神が物体を動かしたり、物体が精神に影響を与えたりすることはない。これに対してシェリングでは、主観的なものと客観的なものは、主観が勝れば客観が劣り、客観が優位に立てば主観が引っ込むというような関係にあるとされる。両者は絶対的に異質なものとして捉えられるのではなく、それらの差異は量的なものでしかないのである。したがって、スピノザは質的(即ち、非連続的)平行論、シェリングは量的(連続的)平行論である。
 シェリングの同一哲学が観念論的な基盤の上に立つものであって、飽くまで観念論的な傾向を保持していることは自明である。主観的なもの/客観的なものという捉え方それを端的に証明している。逆に言えば、観念論とは精神ないしは観念が優位・上位に置かれる哲学のことなのではなくて、主観的なものと客観的なものとの相互関係を主張する哲学は全て観念論である。その意味で、客観的なものの優位を強調することは、観念論の一つのヴァリエーションではあっても、観念論の枠組みを超えるものではない。
 スピノザの体系は、フィヒテを初めとする観念の立場から実在論であると捉えられたが、以上のような意味で、スピノザは観念論に対するものとして実在論を唱えたのではない。そうした「実在論」とは、既に観念論の枠内にあるものにすぎないのである。実際のところ、中世的な伝統からすれば、スピノザが唯一実体=神に延長という物質性を帰属させたことは、それ自体が一つのスキャンダルであった。しかし、スピノザが本当に異色であるのは、観念と物質とが関わらないと主張したことの方なのである。そして、この点こそ、近代哲学全体とスピノザとが真っ向から対立する場所なのである。
 ところで、シェリングが主観的なものと客観的なものとの差異を量的なものとして捉えたのには、別の文脈での含意があった。それは、絶対者=無限性と個別的な存在=有限性との関係の設定に関するものである。
 シェリングは、スピノザの平行論を批判し、スピノザは精神と自然との相互関係を認めなかったがゆえに硬直した体系に陥ったのだとしている。こうしたスピノザ批判は、シェリングの同一哲学期のものではなくて、実はシェリングがヘーゲルからの批判を受けてからのものである。つまり、このスピノザ批判の半分ほどはヘーゲルのシェリング批判をスピノザに押し付けたものである。
 しかし、既に述べたように、シェリングはスピノザに倣って平行論を採用しながら、同時に主観的なものと客観的なものとの相互関係を主張していたのだから、この意味では上のようなシェリングのスピノザ批判も頷ける。
 シェリングによれば、主観的なものと客観的なものとは連続的な量的差異として捉えられる。
  主観的なものの極            客観的なものの極
    *−
    |−−−
    |−−−−−−−                 |
    |−−−−−−−−−−−             |
    |−−−−−−−−−−−−−−−−−       |
    |−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|
                ↓            *
     主観性の優位 ← 絶対的同一性 → 客観性の優位
 そして、両者の、いわば中間、両者が平衡状態になるところが絶対者(無限性)なのであって、どちらかの要素が優位にある状態が個別的なもの(有限性)なのであるとする。つまり、二つの要素の相互関係の説は、その量的差異によって有限者を導くための装置ともなっているのである。シェリングの考えでは、こうした装置がないために、スピノザは絶対者と有限者との関係を正しく捉えられなかったのだということになる。
 しかし、スピノザからすれば、こうした観念論的な立場は、主観性と客観性との相互関係ばかりに注目しているために、もう一つの重要な関係が捉えられなくなっている。
即ち、有限者同士の関係である(→デカルト対スピノザ 能動と受動)。スピノザがその主著を『エチカ』即ち「倫理学」と名付けたのに対して、シェリングが倫理学、引いては政治論を構成する方向へと向かわなかったのはこのためでもあると考えられる。


inserted by FC2 system