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           読 書 猿   Reading Monkey
            第78号 (不良番長と読書号)
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■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。
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■■テリー伊藤『お笑い大蔵省極秘情報』(飛鳥新社)===========■amazon.co.jp

 「大蔵官僚のホンネ」なんだっていう。確かに大笑いである。

「われわれなら、例えばここに置いてある佐高信のバカげた本(『大蔵省分割
論』)は本当に3分で読み終わる。……普通の人が見たら、こうやってページ
めくってるだけに見えるかも知れないけど、全部見てるわけ。かつて芥川龍之
介が斜め読みのやり方を書いているけれども、あれすらわれわれにとっては
生っちょろい」

 速読術(笑)。確かに佐高信ってのは3分で読める。いばる話じゃない(笑)。
 くらべるのが芥川龍之介ってのがまたすごい(笑)。


「大蔵官僚に対する誤解を解きたいんだけど、小さい頃からガリ勉してたなん
てやつは一人もいない。ガリ勉してたようなやつは、せいぜい建設省止まりで
すよ」

 ガリ勉というのがまた(笑)。確かにガリ勉はしてないんだろうけど、他に
何をしたというのもないんだろうね、この人(笑)。


■■藤原和博・宮台真司『人生の教科書〈よのなか〉』(筑摩書房)=====■amazon.co.jp

 手を抜いてる。


■■M.ウェーバー『職業としての学問』(岩波文庫)===========■amazon.co.jp
■■S・R・コヴィー『7つの習慣  成功には原則があった!』
                       (キング・ベアー出版)==■amazon.co.jp

 地下鉄で、ルーズソックスの中学生が『職業としての学問』を読んでいた。
同じ車両で、肩からギターをさげた20歳くらいの男が『7つの習慣』を読ん
でいた。それだけ。
 『職業としての学問』には確か、大学教師が指導者ヅラすることの下劣さを
述べたくだりがある。そんなことがやりたいのなら、反論を許さない教室では
なく、街頭へ行って同じことを語るべきだ、というのだ。


■■安野光雅・森毅『数学大明神』(新潮文庫)==============■amazon.co.jp

 某社のCCD付きノートパソコンが、世界初の「real-world oriented実世界
志向インターフェイス」の商品化だとかで、志向はいいんだが空間代数 space
algebraを使うんでも参与者の算術 participant culculusを使う訳でもなく、
某S社独自開発の2次元配列コードだとかをカメラが見ればアクションが起こ
る、というしょうもないシロモノで期待はずれである。どこが実世界だい。
 ところで数字を2進数で表すとどうしてもケタ数が増える、なんとかならん
かと安野さんがいうと、ぐーたら数学者森毅は、「2次元に並べれば、マーク
みたいでかっこいい」と答える。どこかの「独自開発コード」そのままであ
る。いや、別に思い出しただけなんだけどね。
 他にこの対談では、数字化について通信簿が話題になる。どうしても5段階
評価なんかで通信簿を書きたくない数字になんかしたくないという、教師時代
の安野氏は、代わりに短い文章を書くことにする。たとえば

「この子はトンカチのようです」


■■『中井正一評論集』(岩波文庫)===================■amazon.co.jp

 冒頭を飾る出世作「委員会の論理」は、一読に値する。
 この輝かしい才能とおどろくべきアタマの悪さ(笑)。この線で30年やれ
れば、世界中が瞠目したに違いない。それも、我々が井上忠(元アリストテレ
ス学者)にいつも瞠目するようにだ。しかし天才というのは、同じことを夥し
く何度も繰り返し言える愚昧さをいうのである。一度きりのアタマの悪さは、
どうしたってそれに値しない。
 戦後、中井正一は国会図書館の副館長なんかになった。この本の後ろには、
いくつかの図書館論が収められている。
 はっきりいって、知識人が図書館のことを書くようになったらおしまいだ。
それは作家が書斎のことを書くようなものだ。


■■マーティン・ホリス『ゲーム理論の哲学』(晃洋書房)=========■amazon.co.jp

 利己主義は果たして割に合うのだろうか。
 誰もが「もっとましな事態」の存在を知りそれを望みさえしているのに、そ
う望むこと自体が「もっとましな事態」に比べて劣る事態へと人々を導いてい
く、これを我が哲学者ホッブスに習って《リヴァイアサンの罠》と呼ぶことに
しよう。
 罠にかかったプレーヤーたちの間で行われたゲームが《リヴァイアサン・
ゲーム》である。あの有名な「囚人のジレンマ」や「フリー・ライダー(タダ
乗り者)のパラドクス」はいずれも《リヴァイアサン・ゲーム》であることは
言を待たない。

 ここに考えられるかぎり最高の利己主義者を呼んでこよう。彼は無論、自分
の利益を最大にしようとするが、近視眼的ではない。彼は満足する結果が得ら
れるならば、動物にも思いやりがあり、老婦人にも親切であり得る。彼の名前
は《孤独》。すべてのプレーヤーが彼のようであったなら、彼らが《リヴァイ
アサンの罠》にかかることは容易く推測できる。

 我々は別の道を探さなければならない。考えてみれば、我々は、あるいは
我々の回りは《孤独》のような者ばかりだろうか。そうではあるまいという経
験的な答えが、我々を今度は利他主義者の方へと誘う。すべての他人の利益と
引き替えに、自分自身を犠牲にする者。彼の名前は《貧乏》。しかし、彼もま
た《リヴァイアサンの罠》にかかるだろう。これには二通りの考え方がある。
ひとつは彼が本当は「利他主義者」でないというもの……つまり、ここに「社
会的利己心」、たとえば「誰かによく見られたいという利己心」の存在を認め
るものである。見かけ上の「利他主義者」は結局は利己主義者である。《孤
独》と《貧乏》のちがいは、彼らがそれぞれ何を自分にとて「良い」「利益」
とするかのちがいでしかない。

 我々は第3の道を探らなくてはならない。《孤独》でも《貧乏》でもない、
すなわち彼の名前は《不潔》。しかし、彼もまた現実の解決を与えるものでは
ないことが、しばらくすると判明する。

 いまのうちに第4の道を用意すべきだ。今度の彼の名前は《短命》。しか
し、彼もまた……。

 この本の原題は『The Cunning of Reason(理性の狡知)』。


■■ヘシオドス『仕事と日』(岩波文庫)=================■amazon.co.jp

 あのパンドラの箱の物語をうたった詩人ヘシオドスは、それに続いて「5つ
の時代」の説話を物語る(『仕事と日』106〜)。人類の種族にはこれまで、
金・銀・青銅・英雄・鉄の5つの種族があった、というあの物語である。
ひとつ段階を経るごとに栄光の輝きから遠ざかる、そして我々自身に近づく
「5種族=5つの時代」には、たったひとつ金属の名で呼ばれない種族=時代
が挿入されている。我々、鉄の種族=昼も夜も労働とその苦労に苛まれる鉄の
時代のその一つ前、詩人は彼らとその時代を「英雄」という名で呼ぶ。

 「それから父なるゼウスは、さらに第三の種族をつくった。それは銀の種族
とはまったく異なる、とねりこの幹からつくられた、強くて恐ろしい青銅の種
族だった。この種族の楽しみは、なげかわしいアレスのわざ(戦争)と、`υ
βριs(ヒュブリス;傲慢)の罪を行うことであった。パンを口に入れたこ
とはないが、かれらの胸の中にある心はアダマントのように強く、だれもかれ
らのそばに近寄ることができなかった。かれらの力は大きく、頑丈な骨組みに
支えられた肩からはえているかれらの腕は、なにものもそれを征服することが
できなかった。かれらの甲冑も家も青銅でできており、かれらは青銅で土地を
耕した(黒い鉄はまだなかった)。この種族はみずからの手によって倒され、
名もなく、冷たい冥府(ハーデス)の朽ち果てる家へ行ってしまった。剛勇無
双であったにもかかわらず、死はかれらをその暗黒の手で捕らえ、かれらは明
るい日の光のもとを去った。」(『仕事と日』143〜155)
剛勇無双なアキレウスは、確かに戦場において、そして「なげかわしいアレス
のわざ」において、英雄だった。ひとたび戦場に出れば、出会う敵という敵は
すべて、アキレウスに倒される。敵は算を乱して潰走する。一部は討ち取ら
れ、一部はアキレウスに川に追い込まれ溺れ死ぬ。恐るべき殺戮戦だろう。文
字どおり無敵であったにもかかわらず、アキレウスはもまた(彼が討った敵の
英雄とと同様)死の暗黒の手で捕らえられる。
 ヘシオドスが語るのが「史実」であるかどうかは問題でない。彼は人類の
(多分ギリシャ人の)ある時代を語っていて、そして人類は(ギリシャ人
は)、鉄の時代(種族)に属する詩人が語るような時代を、たとえば紀元前十
二世紀初頭に起こったトロイア戦争のような時代を、確かに経験した(そして
黒い鉄はまだ、詩人の時代ギリシャで作られるようになって間がなかった)。
そのような時代を経験したギリシャ人が、最初に勝ち取った偉大な詩が、「英
雄叙事詩」であったとしても不思議ではない。伝説によればヘシオドスと歌競
べをして敗れたという、詩人ホメロスは、4世紀も前の、半ば神話化しかかっ
ていた戦争、ギリシャ「本土」に定着したミュケナイのアカイア人と、エーゲ
海小アジア沿岸の、トロイアのアイリオス人の争いの逸話を取り上げる。武勲
とそれについて回る殺戮の、「英雄」と呼ばれることになる侵略者、都市破壊
者にして容赦ない略奪者たちの、逸話を。
多分、平和な世は「英雄」を生まない。だが、もう少し正確に語る必要があ
る。「英雄の叙事詩」が生まれたのは、アテナイでなくイオニアだった。そし
て「英雄」が生まれたのは、文明の「中心」でなく、「先端」だった。「英
雄」は、かつて越えられなかった線(ボーダー)をはじめて踏み越える。「英
雄」は、その線を越えることが「侵略」になるような、文明の「突端」で、生
まれるのだ。
 「英雄」の行為は、冷静に見れば愚行であり、殺戮であり略奪であり、一言
で言えば犯罪である。そのような蛮行は、多くの場合実を結ばない。勝利はし
ても、アガメムノンは統治することができない。アキレウスに訪れた悲惨は、
無論アガメムノンにも降りかかるだろう。
 けれど、詩人の父ホメロスは、最も憎むべきアレス神に取り付かれた人間の
気高さをうたう。あの「歌競べ」で、ホメロスがヘシオドスにやぶれたのは、
ホメロスの戦争の詩に対して、ヘシオドスが世の平和と人間の勤労をうたった
からだった。それにしても大方の判断に反した主催者の判断であった(多くの
者はホメロスの詩により魅了された)。
 だが、ホメロスに「勝った」ヘシオドス、あれほど冷徹に「青銅の種族(時
代)」の蛮行を見つめたヘシオドスが、自らの「金属の種族(時代)たち」に
不格好な挿入をしてまで、トロイア戦争の戦士たち、ヘクトルやアキレウスの
ために用意したのは「英雄の種族(時代)」だった。それは多分、後世の誰も
が魅了された「トロイア伝説」に、ヘシオドスも取り付かれたからに違いな
い。彼が語る「英雄の種族(時代)」は、魅惑的なホメロス的空想に彩られた
「青銅の種族(時代)」に他ならない。ヘシオドスがホメロスの『イリアー
ス』を鑑賞したのか(それに打ちのめされたのか)、それは分からない。けれ
ど「歌競べ」に、ヘシオドスが『神統記』でなく『労働と日』をうたっていれ
ば、軍配はホメロスに上がっていただろう。もちろん、ヘシオドスの名誉につ
いていえば、ホメロス『イリアース』の魅力に取り付かれたのは、仮に彼が最
初であったにしろ、決して最後ではない。



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