結合通信(2回生配当) 6:

 物がどんな具合に壊れるかについて、お話しいたします。
 物というのは、たいていの形ある物がそうであるような「構造物」のことです。
 ある種の構造物は信仰の力によって支えられているといわれますが、大抵の場合は(構造物を構成する)材料の力学的性質がそれを支えています。バベル・タワーの場合も同じで、それに使われたレンガは推計するに、同じレンガを2km積み上げてようやくその重さで一番下になったものが壊れるくらいの強さを持っていました。聖書にはちゃんとこう書いてあります。「レンガを作ろう。堅く焼いたレンガを」。エジプト人が作ってた安価な日干しレンガを使うことなんて論外でした。もう一つの聖書にはこうあります。「それともシロームの塔の下敷になって亡くなったあの18人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも罪深い人であったの思うのか」(ルカ伝13.4)。このシローム・タワーもやはり壊れてしまいました。
 構造物の内部には、さまざまな力が働いています。構造物を構成する材料のどれかが、この力に耐え切れず壊れてしまうと、大抵の場合構造物全体も壊れてしまいます。うまい具合に作られた構造物は、ひとつやふたつ材料が壊れても、なんとか持ちこたえます。人間の体なんかそうです。たとえ骨折しても、いきなり人の体がバラバラになってしまうことはありません。人間の(そしてかなり多くの生物の)骨は、文字通り「骨組み」ですが、生物の体(構造物)は骨だけに支えられているのではありません。ヨットがマスト(これには圧縮する力がかかります)とロープ(これには無論引っ張り力がかかります)で支えらえているように、人の体も骨で圧縮力を担当し、筋肉とケンで引っ張り力を担当します。だから老人がよく骨折するのは決して骨が脆くなったからだけではありません。22歳と75歳の骨を比べても老人の方はたった22%しか強度は低下しないのです。老人がよく骨折するのはむしろ筋肉をコントロールする神経が弱くなっているからです。アフリカ・インパラがライオンを見て驚き筋肉の痙攣から自分の大腿骨を折ってしまうように、筋肉の痙攣(ピクピク)を抑えられないと老人は骨を折ってしまいます。足の骨が折れると老人といえども倒れます。すると今度は「倒れたこと」が足の骨が折れた原因にされるのです。本当の理由は誰にも知れません。
 上のようなやり方は、ヨットが同じ構造物としては家やビルディングよりもずっと軽くて安上がりなように、かなり効率のよいやり方ですが、あらゆる構造物の中でベストという訳ではありません。一番安上がりなのは、空気や液体をその中に充填した加圧構造物です。これには余計で重く(そして結局一番お金のかかる)骨組みなんかがいりません。タイヤやドーム(空気膜屋根構造)がそうです。この手法の一番のお得意さんは生物です。単細胞生物やクラゲがそうです。もちろんすべての生物の細胞もそうした構造物です。これほど合理的で経済的な構造物は他にありません。自然はなんでもうまくやってのけると一般には信じられていますが、人間でさえタイヤやドームを発明したというのに、脊椎動物は一体何のためにこのように脆く重い骨を持つようになったのでしょう。思わず誰かを怨みたくなります。いったい人間の体は、タコかイカか象の鼻のようになっていた方がずっと都合がよかったのに。生物学の先生は次のように言って私たちをなぐさめます。「おそらく骨は、最初は体内の不要で多すぎると有害なな金属原子を安全に廃棄・隔離する場所として形成されたのだろう。それがこのように成長しだすと、この堅い鉱物質の塊を筋肉の付属装置として利用するに至ったのだ」と。
 ところで材料にはいろんな性質がありますが(強度、延び縮みのしやすさ、など)、それらがどの方向でも均一なものを「等方性材料isotropic」といいます。方向によって違うのが「異方性材料aerotropic」です。「等方性材料」で加圧構造物(たとえばふーせん)を作ると、かならず真ん丸になります。どの方向にも引っ張る強さが等しければ延びる長さも等しいからです。金属などは「等方性材料」です。どの方向にカットしても気にせず利用することができます。加圧構造物で球以外の形を作ろうと思えば、球をいくつもつなぎ合わせるか、あるいは「異方性材料」を使うしかありません。
 人工材料のうち、人類にとって最も古く親しい「異方性材料」は、布です。布を糸の方向に引っ張ればあまり伸びませんが、そうでない方向にひっぱれば伸び方が際だって変化することは、仕立屋さんでなくても知っています。ところが、制帆(帆船の帆を作る仕事です)は有史以来重要な仕事であったのに(誰でも1日中狭い船室でオールばかり漕ぐのは願い下げでした)、制帆業者たちは布のこの性質をあまりよく飲み込んでいませんでした。連中はなんと19世紀になるまで、縦糸と横糸が斜めにひっぱりを受けるように帆を作っていました。そうした帆は何度か風を受けて引っ張られるうちにすぐにぶよぶよに伸びてしまって、新品でない帆が正しく風を受けることができる方が珍しいくらいでした。19世紀初頭、ようやくアメリカで、力が加わる方向に対して糸を斜めにしない、合理的な帆の作り方が採用されました。おかげでアメリカの帆船は、それまで誰よりも海の上で威張っていたイギリスの船よりも速く走ることができるようになりました。ところがそうなってもイギリス人は(地震でも起こらない限り、でも海の上ではよくわかりません)事実をよく飲み込めませんでした。
 1851年、とにかく白黒はっきりつけようと、試合が申し込まれました。イギリスで最も速い帆船に挑戦すべく、ニューヨークから「アメリカ号」がやってきました。ヴィクトリア女王が寄贈したという、いささか不格好な銀のカップを賭けて、ワイト島周回レースが始まろうというのです。………「アメリカ号」が1位でフィニッシュ・ラインを横切ったという知らせを聞いて、ヴィクトリア女王は次のように御下問されました。
「それで2位はいずこの船か」
「恐れながら陛下。2位の船はまだ見えませぬ」
250Kgもある水差しのようなそのカップは、以来「アメリカズ・カップ」と呼ばれ、1983年までの132年間、NYYC(ニューヨーク・ヨットクラブ)の台座に、たとえ地震でも不安定なカップが揺れないようにと太いボルトで固定されてあったそうです(実際にはマンハッタン島は堅い岩盤で少々の地震ではびくともしません)。誰の挑戦でも受けると豪語していたNYYCは、とうとう133回目にオーストラリアのヨットマンに破れ、カップは現金護送用装甲車で受渡し会場まで運ばれました。

 さて、仕立職人たちは制帆業者たちよりずっと利口でしたが、それでもまだ当時は、ボディラインに布をぴったり合わせるために、服に一種の応力付加装置を付けなければなりませんでした。ヴィクトリア朝のレディの服といえば、紐でぐいぐい締め上げる仕組みになっていて、場合によると彼女たちは帆船(ヨット)なみの索具をいつも身に付けていなければなりませんでした。
 エドワード7世の頃になると、ヨットのクルーよろしく紐を締め上げてくれる小間使いたちの不足が深刻で、レディたちは、これからは恐ろしくだぶだぶで不格好な服のデザインをずっと我慢し続けなければならないのかと、本気で心配したのです。そこにヴィオネおばさんというデザイナーが現れ、「平織り布地の45゜方向における低いせん断係数と大きなポアソン比を利用したデザイン」をあらわしました。要するに布は、縦糸と横糸に対して45゜斜めに引っ張ったとき一番伸びます。そして伸びるだけでなく、縦に引っ張れば横方向には激しく縮むのです。ドレスの布は、それ自体の重さ(重力)と着る人の動作によって、垂直方向の引っ張りを受けます。すると、45゜斜めに裁断された(バイアス裁断された)布地なら、横方向に大きく縮み、この縮みが布を胴に密着される効果を生むのです。結果はヴィクトリア朝の解決よりも、ずっと安上がりで快適なものでした。
 このことはやがて固体ロケットに応用されました。固体ロケットの燃料は文字通り固形ですが、これを金属の筒などにつめておくと、ロケットの熱で固形燃料が膨張しひび割れが起こって、その隙間に火が飛び込もうものならロケットは爆発してしまいます。膨張しようというものを無理に金属の筒に閉じ込めようとするからです。思案の末、ロケット学者たちは、当時流行していたバイアスカットのネグリジェを、ただし熱に強いよう炭素繊維で編み直して、固形燃料に着せることにしました。固形燃料はやっぱり熱で膨張します。けれど今度は縦に伸びるとその分ウエストをキュッと締め付けるように力が働くのです。つまりバイアスカットを着せた円筒状の固形燃料は、膨張によって長くはなりますが太くはなりません。太くなればロケットは壊れますが、長くなる分は噴出口から外に伸びるだけなので(それはすぐに燃えてしまいます)、問題にならないのです。
 同じことがミミズの体にも応用されています。ミミズ類や他の軟骨の動物のキューティクルは、らせん状に配置されたコラーゲン繊維で強化されています。繊維方向は斜めにされ、長さ方向の変化に際しても直径の変化を最小限に抑えているのです。これが細長い形の加重構造物の最も優れた例のひとつです。ミミズは衣装デザイナーと同じ問題を抱えていました。そしてミミズは(力学的には/あるいはミミズ的には)より優れた解決を見い出したと言えます。ヴィオネ女史の服とちがって、ミミズの体にはシワができないからです。しかしいずれにしろヴィオネ女史は、オートクチュールの世界で名声を得ましたが、自分が宇宙旅行や軍事工学やミミズ学に多大な貢献をしたことを知らないまま98歳でこの世を去りました。


愛の技法:

 愛の技法は、職業恋愛=つまり売春から発達しました。「また来てもらうこと」「じらすこと」「想いを伝えること」(もっと考える)etc……。
 恋愛術(愛の技法)の目的は「相手にお金を払わせること」でしたから、互いに達人同士のそれは、がっぷり四に組んだ究極の売春、つまり(どういう訳かどちらも払う;割り勘ではなくて)「どちらもお金を払わない売春」です。これの通俗化したものが「純粋恋愛」です。






目次へ
inserted by FC2 system