ポイズン


POISON



アフラトキシンB1

 1960年、イギリスで、わずか数カ月の間に10万羽の七面鳥とアヒルのひなが急死し、その死因のすべてが肝臓ガンであるという事件が起こった。原因は飼料としてブラジルから輸入されたピーナッツについていた麹カビ(アスペルギルス・プラプス)が作る毒素アフラトキシンだった。

 特にアフラトキシンB1は、ラットにわずか15ppb(10億分の15)を与えれば100%肝臓ガンを生じさせる世界最強の発ガン性物質である。超強力な発ガン物質が、麹カビの一種から生じることが発見されると、幾多の発酵食品(酒・味噌・醤油など)を持つ日本の関係者の間でパニックを引き起こした(現在まで、日本産の麹カビには、深刻な毒素を生成するものは発見されていない)。

 アフラトキシンB1の分子構造は、DNAの塩基対にそっくりであり、そのためDNAの一部と簡単に置き換わり、遺伝情報を「改竄」する。これが強い発ガン性のメカニズムだと考えられる。この麹カビは、DNA類似物質を生成して、遺伝子書き換えを行い、細胞の無限増殖(すなわち悪性新生物=ガンの発生)を誘発する。



アヘン

イギリスでアヘンが公的に禁止されたのは1920年である(アルコールの方が害が大きいされていた。もっとも19世紀のイギリス政府の税収は30〜40%が酒税であって、当然禁酒法など成立しようもなかった)。アヘン・チンキ「ゴッドフレイの強心剤」(またの名を「ゴッドフレイの万能薬」)の流行がオトナだけでなく子供にもおよび、「強い子になるように」と赤ん坊の時から常用させられていた子は(アヘンは古代エジプトの薬物書『エーベルス・パピルス』にも「泣きすぎ」にきく薬だとされていた)、だいたい2歳でアヘン中毒で死んでしまう。

イギリスで消費されるアヘンの最大の輸入元はトルコで、これは中国へ輸出されるインド産アヘンの6〜8割の値段だった。世界第一国のイギリスからすればただ同然に安く、大量に輸入されたにもかかわらず貿易額は全輸入額の0.05%ほどで、従来の貿易史から抜け落ちていたのもこのへんに一因がある。ロンドンのワークハウス(救貧法適用者の宿泊機関であるとともに、労働力の調達機関としても機能した)の管理人は、収容者に与えるために定期的に総統量のアヘンを購入していたが、そのひとりはこんなことを言っている。「このワークハウスで、こんなに沢山のアヘンを使っていることは、中国人には決して知らせないで欲しい。さもないと値が上がってしまう」



アルコール

アルコールは、オピエート類(アヘンやヘロイン)と同じダウン系ドラッグ(抑制剤)である。その名のとおり、興奮剤とは逆に、神経系の作用を低下させる。ところが飲み始めの血中濃度が低いときは、興奮剤とよく似た効果を及ぼす。つまり、気が大きくなり、活力、暖かみ、自信を覚え、不安や抑圧が減退する。これは抑制心をもたらす部分の方が先に作用低下させられるからだと考えられている。本人の自信と裏腹に、反射作用や反射時間、筋肉反応効果は目に見えて低下している。性欲が増すと考える人もいるが、タガがはずれて抑圧と緊張が解けただけで結局チンチンは立たない。これは同じダウン系のオピエート類も同じで、ジャン・コクトーもこういっている。「つまり、のむ者を去勢してしまうまで嫉妬深い阿片ほど、気むずかしい恋人はいないということ」(『阿片』)。

 アルコールは使用量のコントロールが非常に難しい。ちょうどいい加減というのが難しい。だいたいアルコールの有効量と致死量の比は、わずかに1:3だ。酔っ払う量のわずか3倍飲めば死に至る。こんな有効量−致死量比の小さいドラッグは他にない。またアルコールの耐性の形成は著しく、普通アルコール中毒者は、通常人には致死量に当たる(時には数倍の)量のアルコールを飲用してる。

 アルコールは、肝硬変、糖尿病、潰瘍など全身の臓器に甚大な障害をもたらし免疫力を低下させ結核やエイズ等の感染症にかかりやすくするが、最も直接的に影響を受けるのが脳・神経系である。

 アルコール中毒は、最も治療の困難な薬物中毒である。アルコールの身体的依存性(禁断症状)は、イリーガルドラッグ中最悪といわれるヘロインのそれに等しい(逆にアップ系ドラッグのアンフェタミンやコカインには身体的依存性はない)。多くの場合、激しい幻覚・せん妄を伴い、運動傷害、異常発汗、てんかん様の前身痙攣、失神、昏睡、発狂などを経験する。いずれにせよ、最強最悪の依存性物質であることはまちがいない。

 もっとも体内で猛毒のアセトアルデヒドに変わり、飲みすぎると気分が悪くなるので、よほどの理由・社会的圧力でもないと数年で中毒となることはない。その代わり20〜30年かけてツケが回ってくるので、その間酒税は稼げるし、20歳あたりから飲み始めてもらえば、労働力として役立たずになる頃に廃人になってくれる、福祉が助かる、お上が未成年者の飲酒を近じ、しかもアルコールを容認するのはこうした理由からである。

 19世紀イギリスでは、アルコール飲用の習慣を抑制するために、同じダウン系ドラッグであるアヘンを半ば黙認した(もっとも酒税は国家の主たる収入の一つだったので、アルコール統制の運動を行なったのは多く民間人だった)。酒より阿片の方がまし、という訳だ。精神作用があるアヘンは患者の意識を変えしばしば満足を与えるために、その薬理効果以上に、万能薬と見なされていたこともあって、中毒者が急増した。

 最もアルコールを適度に飲用して長生きする者がいない訳ではないように、阿片常用者が皆廃人になるわけではない。『阿片常用者の告白』を書いたトーマス・ド・クィンシーは本当に、大学生の時から74歳で死ぬまでずっと阿片中毒だった。これは当時の平均寿命からみてそれほど若死にではない(ずいぶん長生きだ)。阿片中毒者のアヘン剤に対する渇望は、アルコール中毒者のそれと同じくらいだが、紙巻きタバコ喫煙者のそれほどは強くない(煙草はひどい)。



イソメ

海釣りの餌につかわれる環形動物(ミミズなどの仲間)の一種イソベに蝿がとまると、蝿が死ぬことから、イソベ毒(ネライストキシン)が同定された。ここから似た構造の毒物カルタップ、ベンスルタップが合成され、殺菌剤や殺虫剤に用いられている(商品名に「パダン」の字が入っているもの)



うまごろし(うしごろし)

 アセビの別名。常緑の木で、高さ3メーターに達することもある。全株が有毒、牛馬が食うと麻痺するというので「馬酔木」と書く。読み方は「あしみ」「あしび」「あせぼ」「あせみ」と各種。葉の煎汁は殺虫剤・皮膚病薬につかわれるが、畑の境界線を定め表示するのに、この木を植えることが多くあった。これを馬酔木境(あせびぎり)というが、「毒の木」で境界線を確定するところがおもしろい。



塩酸

1985年12月8日、大阪府の電機製作所で、工場に怨みを持った者が工場の塩酸タンクのバルブを故意に開け、塩酸5キロリットルが流出、30人が強い刺激臭に喉や目の痛みを訴え、重傷者7名が入院、近くで飼われていたセキセイインコも死んだ。



エンジェルダスト

人の持つ苛虐性・暴力性を拡大させ、否応なしに犯罪に走らせる「悪魔の薬」といわれるPCP(エンジェルダスト)も、安価で強力な酩酊感・遊離感を伴うが故に、怒りと欲求不満に満ちた(他のドラッグを入手できない)ティーンエイジャーに好んで用いられたことから、そのような風評を得たのだ。

PCPは暴力的素養のないものを決して暴力に走らせることはないし、組成と作用は合法的に処方されているケタミンという医薬品とほぼ同じである。ケタミンのユーザーはPCPのユーザーとはまったく違った階層の連中であり、主に病院関係者や年配の富裕者だった。結果PCPは「悪魔の薬」であり、ケタミンは今も非統制薬品である。



カラバル豆

西アフリカの二ジュール川河口付近(カラバル地方)では、原住民の法廷では、ある豆を2、30個そのまま食べさせる。主として夫婦間の不貞を試す「試罪法」として用いられたこの豆は、(無実の者が)恐れることなく一気に飲み下すと、胃が刺激され豆を吐き出して助かるが、(心やましい者が)恐る恐る少しづつ飲み込むなら、毒が徐々に吸収され、死んでしまう。彼らはこの豆を「裁きの豆」と呼んでいる。



ギンナン

古くより、「歳の数以上に食べてはならない」という言い伝えがある。また『本草綱目』にも小児がたくさんたべると痙攣を起こす旨の記載がある。死亡率は約3割。

 実に含まれる青酸配糖体が原因ではないかと長い間考えられてきたが、近年この中毒の原因物質が同定された。4’−メトキシピリドキシンというその物質は、ビタミンB6と極めてよく似た構造を持っており、したがってビタミンB6と競合して(ビタミンB6が働く場所に先回りしてその場所を押さえて回り)、その働きを阻害する。

 以前より、ビタミンB6の欠乏は痙攣をおこしやすくするということが知られていたが、アミノ酸代謝の補助する酵素であるビタミンB6の働きが低下すると、グルタミン酸脱炭酸酵素が阻害されるため抑制性神経伝達物質GABAの生産が阻害され、痙攣となって現れると考えられている。したがって、治療法のひとつはビタミンB6の補給(静脈注射)である。



筋肉弛緩剤

運動神経はコードになってて、その先端のプラグは「運動終板」という筋肉側のジャックに繋がれている。この間(すきまがあるのだ)を橋渡しするのが、神経ホルモンであるアセチルコリン。筋肉弛緩剤は、この「神経のつながり」を邪魔して、筋肉を弛緩させる。つまり神経から信号パルスが来ることで筋肉はぴくぴく緊張するのだが、信号パルスがこないようにしてしまうのだ。邪魔の仕方に2種類あって、「運動終板」を遮断するタイプと、「運動終板」を興奮させて何がなんだかわからんようにしてしまうタイプがある。

 代表的な「遮断タイプ(非脱分極性筋弛緩剤)」の有効成分に、d−ツボクラリンがある。「運動終板」側のアセチルコリンのレセプターを、先に押えてしまうのだ。しかもこいつはCNS(センターナル・ナーバス・システム、つまり中枢神経系のことだ)にまでは、入っていかない。ちょっと薬理学の本を読んでみよう。

『おそらく患者は十分に意識のある状態で、筋弛緩による呼吸困難を経験するが、(筋弛緩してしまっているので)いかなる方法によってもそれを表現することができないだろう』

d−ツボクラリンは静脈注射で常用量10mg。筋弛緩は4分以内に完了し、人工呼吸器なしでは窒息死に至る。南米のインディオは蔓から作った「クラーレ」(鳥を殺す、の意味)という毒(主成分はd−ツボクラリン)を矢毒として狩りに使っている。



ゲルマニウム

70年代後半に、ゲルマニウム入りの健康食品がブームとなり、その後1979年急性腎不全の患者が発生して以来、中毒例が相次いで報告された。市販品の多くは「有機ゲルマニウム含有」をうたっていたものの、ほとんどが二酸化ゲルマニウムのことが多く、このため「有機ゲルマニウムは薬効があるが、無機ゲルマニウムは中毒を引き起こす」との風評が起こった。しかし二酸化ゲルマニウムの毒性は食塩より低いくらいであり、通常日本人は毎日1mgほどのゲルマニウムを食品として摂取している。蓄積性もなく、排泄も良好とされていた。おそらくは「健康食品」として大量に摂取したことが、この中毒を引き起こしたと考えられる。



コーヒー

 コーヒーの薬理効果はただのカフェインよりはるかに強力で有害である。まだよく分かってない成分とカフェインの相互作用があるらしい。

 コーヒーは世界中で規制の受けてないドラッグ(依存性薬物)だが、先進国ではコーヒーの銘柄と同じくらいの数の制酸剤のブランドがある。コーヒーは確実に胃をぼろぼろにするからだ。泌尿器系の疾患の原因にもなり、神経−筋肉のバランスをくずして震えを生む原因にもなる。異常出産につながるという説もある。カフェインには、アンフェタミンにはない身体的依存性がある。カフェイン依存の者は、摂取をやめるとカフェイン禁断性頭痛に襲われる。精神的依存性はいうにおよばない。

 カゼ薬(総合感冒薬)は、風邪自体は直らないが症状を軽減するものだが、これには鼻水なんか止めるように抗ヒスタミン剤なんかが入っている。抗ヒスタミン剤は気分を憂鬱にさせることがあるので(人によっては相当酷い目にあうことがある)、それを軽減するため覚醒剤のカフェインを一緒にいれてることが多い。落ち込むところを、興奮させて支える訳だ。(また、いわゆる栄養ドリンクにも必ず添加されている)



酸素

 酸素は猛毒である。

 化学でいうところのフリーラジカル(遊離基)は、ある種の化学反応に不可欠なものだが、体内ですごぶる悪い働きをすることが分かっている。ある分子が電子を失い(あるいは余計に得て)イオンとなり、陽イオンと陰イオンが引き合い化学反応が起こる。イオンの中には、じっと他のイオンが来るのを待っているものもいるが、フリーラジカル(遊離基)のように、他のイオンやことあろうか分子にまで、自らぶつかっていき電子を強奪し、相手を強引にイオンにしてしまう族もいる。強奪された方は、自らもフリーラジカルとなり、連鎖的に反応は広がっていく。

 酸素型の生物は、酸素分子O2を取り入れ、最終的に水H2Oの形で排出する。その代謝の過程で必然的に酸素ラジカル(酸素を含む強力なフリーラジカル)が生成される。

 酸素ラジカルが、細胞壁にぶつかるとどうなるか。まず細胞壁表面が、フリーラジカル化していき、反応は連鎖的に進む。当然、外部から細胞を守る細胞壁は破壊される。細胞表面にある、細胞内にブドウ糖をとりこむインシュリン・レセプターなども当然変質をまのがれない。

 さらに細胞壁のフリーラジカル化が進むと、そこからフリーラジカルの攻撃は細胞内部にも及ぶ。細胞内にあるリボゾームは、細胞の「自爆装置」であり、なんらかの原因で細胞が死んだ場合、死んだ細胞が速やかに取り除かれるよう、あらかじめ細胞を溶解させる「薬品」をその内に蓄えている。細胞が死ねば、細胞内のリボゾームは自然に破裂し、内の細胞溶解酵素がそとにでて、細胞を解かす仕組みとなっているのだ。そこにフリーラジカルが直撃すると、まだ細胞は死んでもいないのに、リボゾームから細胞溶解酵素が漏洩し、「自爆装置」が働くことになる。当然、細胞は死ぬ。

 また体内のエネルギー・ジュネレーターであるクエン酸サイクルを担当するミトコンドリアがフリーラジカルの攻撃に曝されれば、細胞は「発電所」を破壊されたこととなり、エネルギーレベルが低下する。このことが癌の原因になるといってノーベル賞をもらった学者もいる。さらに、フリーラジカルが細胞の核に攻撃を加えるならば、当然DNAに損傷が起こる可能性がある。

 かように危険なフリーラジカルは、前述のように酸素型生物では、常に体内で作られるものである。野放しになれば、当然生命を維持することはかなわない。そこで酸素型生物はすべて、SOD(スーパーオキシード・ペルオキシターゼ)という抗酸化酵素をもっている。逆にいえば、SODを持ちえなかった生物は、地球大気に酸素濃度が高まる過程で死滅してしまったのである。SODをもたないならば、ほんのわずかの酸素も生物には耐えがたい毒ガスなのだ。



水銀

 東大寺の大仏は、当時、世界最大級の金メッキ作品であるが、これは金を水銀にとかしアマルガムをつくり、大仏の表面に塗り付けた後、熱して水銀を蒸気として飛ばすという工法で作られた。これには最低60Kgの金と400Kgの水銀が必要であったと推測されるが、平城京はこれにより深刻な水銀汚染に見舞われ、直接・間接的に遷都(都市放棄)につながったとする見方もある。

 現代人は自然の約500倍の濃度の鉛と水銀に晒されている。重金属は体外に排出されにくいが、唯一の例外が出産である。母体の持っていた重金属のかなりの部分が赤ん坊に移ることで、母親は大量の重金属を排出できる。母体は子を生む度に浄化される。

 したがって第一子(長男長女)は兄弟のなかで最も重金属に汚染されており、第二子、さらに第三子……になるほど、母体自身が持つ重金属が減るので、汚染の度合も低くなる。水銀は特に意識中枢に悪影響を及ぼす(ただし記憶力についてはその限りではないので、暗記偏重の教育過程では、その影響は表沙汰にならない)。期待をかけるならもっとも重金属汚染の少ない末っ子にすべきである。



ストリキニーネ

 強壮剤にして催淫剤、世界一有名で効き目の高いストリキニーネは、中枢神経を刺激し、性器の充血をもたらし、機能昂進をきたしますが、土人の人は、ヤジリに塗ったりします。猛毒です。似たようなものにご存じ猛毒のトリカブトがあり、これを少量服すると、やはり性器が充血し、機能昂進します。大正時代、日本の学者 白井光太郎博士は、自ら実験台となり、毎日定量のトリカブトを摂取しては、紅燈の巷へその効果を確かめに出掛けました。結局、胃腸にあるわずかなキズから毒がまわり、博士は死んでしまいました。



チョコレート

チョコレートってのは、カフェインたっぷりのカカオ豆に大量の砂糖をぶちこんで作る。カフェインってのはアップ系ドラッグ(覚醒剤のこと)の一種で、大脳皮質を中心に中枢神経系を興奮させ、脳幹網様体の賦活系を刺激することにより知覚が鋭敏となり精神機能が後進させるため、眠気・疲労感が除去される。脳血管を収縮させて、脳血液量を減少させもするんだけどな。アンフェタミンやコカインもだいたい同じ作用がある。ドラッグの売人がいうだろ、「兄ちゃん、疲れがとれる薬あるんだけど」って。さて、カフェインは砂糖と一緒に摂取すると習慣化しやすい。コーラとかコーヒーもそうだな。あとチョコレートから最近、PEA(フェネルチアミン)という覚醒剤と分子構造の良く似た物質が検出された。これが特に高いチョコレートの依存性のカギであるらしい。



ツルニチニチ草

『大アベラールの秘法』によれば、「ミミズと一緒に粉末にされたツルニチニチ草を、食べ物にまぜるて食べさせるなら、男女はお互いに愛情を抱く。この粉末に硫黄もまぜ池に投げ入れると、あらゆるサカナが死んでしまう」とある。



 前5世紀のヒポクラテスは職人の鉛中毒について、1世紀のプリニウスは鉛、および水銀中毒についてそれぞれ記述している。古代から近代にいたるまで、重金属汚染は主に局所的なもの、さらにいえば特定の職業における労働環境の汚染に限定されていた。

 労働衛生学の父、ラマッチーニが記した『働く人々の病気』(1437年)には、重金属による職業病の例として、水銀中毒では鉱夫、メッキ屋、マッサージ師、鏡職人、また鉛中毒では陶工、画家、歌舞伎俳優のそれをあげている。

 例外的に広範な重金属汚染として知られているのは、帝政期のローマ市民で、彼らは鉛の水道管で飲料水を引き、また鉛の食器で葡萄のシロップやワインを温めて飲んでいた(すっぱいワインの酸が鉛を解かし、また程よい温度が反応を促進した)。



ニコチン

 タバコは、今まで知られてる中で最も強力な覚醒作用を持つ植物である。

 コカインやアンフェタミンの場合、経口摂取より急速な効果を求めてジャンキーは注射する。そうすると効き目も激しく速いが(ラッシュという鮮烈な多幸感を味わう)、効果が失われるのも急激で15分〜30分くらいで激しいクラッシュ(現実への急降下;反動の疲労感、だるさ、憂鬱)を経験する。

 ニコチンの効果はより強力であるため、注射はおろか経口摂取でも死亡する。ニコチンは猛毒だ。喫煙の場合、ニコチンのほとんどは燃焼熱で破壊されるために、はじめて生きながらのニコチン摂取が可能となる。だがもちろん、その作用は変わらない。

 それでも常習的に喫煙できるのは、耐性の形成が非常に速やかだからである。耐性というのは、繰り返し摂取するうちに、同じ量の薬物だと効かなくなることをいう(逆にいえば、同じ効果を得るにはもっとたくさんの薬物が必要だということだ)。ドラッグの売人からすれば、ますますたくさんの「商品」が売れる、それどころか需要がさらなる需要を生み出すので笑いが止まらないだろう。この耐性が、ヘロインだと数日から数週間、後で触れるアルコールの場合は数カ月もかかるのに、ニコチンの場合わずか数時間で生じる。ニコチンの売人(多くが政府や大企業)はウハウハだろう。

 アルコールやヘロインを中毒的でなく使用する人は数多くいるが、ニコチン使用者の場合、中毒者でない人はほとんどいない。ごくたまに週に2、3本しか吸わない喫煙者がいるが、そういう人はしばしば意識の変化・覚醒効果を経験するが、すでに耐性の形成されている常習者は大きな意識の変化を経験することはほとんどない。このような効果の伴わない、行為そのものを目的とするこのような摂取の悪循環は、他のドラッグでは中毒の末期にしか認められない。

 ニコチン摂取の習慣は、もともと新大陸のインディアンのものだったが、世界に広まったのは喫煙法だけだった。それにくらべて噛み煙草やかぎ煙草はずっとマイナーである。頬や舌や鼻の粘膜から摂取するこれらのやり方は、ニコチンを燃焼させない分、ずっと大量摂取につながり興奮作用も大きい。が、血液への入り方が違うので、喫煙よりはずっと中毒にはなりにくい(意識変革剤としての使用に適している)。空気も汚さないし、当たり前だが二次喫煙者も出さない。



破傷風菌

破傷風菌が作り出すテタヌストキシンは、猛毒で知られるフグ毒(テトロドトキシン)やヒマの毒リシンの最小致死量が0.03ミリグラム、ストリキニーネが0.98ミリグラムであるのに対して、わずか0.00005ミリで最小致死量に達し、くらべものにならないほどの超猛毒である。

 破傷風菌は土やゴミの中に広く分布し、ちょっとした傷口からも感染する。こんな広く分布する猛毒が暗殺に使われないのは、菌自体が嫌気性であり、空気に触れると死ぬからである。もちろん一度作り出されたテタヌストキシンは、菌が死のうが残る。悪用に不向きなもうひとつの理由は、テタヌストキシンやヘビ毒のような蛋白質毒は、フォルマリンというこれまたありふれた薬品で処理するだけで変質し、無毒化されるからである。破傷風ワクチンはこうして作られ、その予防効果は極めて大きい。

 テタヌストキシンは、神経繊維の末端部から取り込まれると、中枢部から送られてくる神経繊維の表面を流れてくる電流とは逆方向に、神経繊維内部を進んでいく。この毒特有のこの性質は「逆行性」と呼ばれ、最近発見された。

 やがて毒は脳脊髄に達し、破傷風に特徴的な「外傷性強直性けいれん」という、体が突っ張り返し、しばしば骨折を引き起こすほどの激しい痙攣を生じさせる。映画『ふるえる舌』を参照。

 破傷風菌の潜伏期間は10日以上であり、手遅れになりやすい。発病後は上記のワクチンは効かず、抗毒素をふくんだ馬の血清が治療に使われる。



パソコン

一般的に燃えにくいと思われているOA機器は、いったん火がつくと2分半で900度まで温度が上昇し、一酸化炭素、塩化水素、シアン化水素(青酸)などの有毒ガスを発生する。とくにキーボードに用いられるABS樹脂は大量のシアン化水素を発生する。インテリジェントビルの火災などで近年問題となっている。OA機器を満載した部屋は、あっというまに猛毒のガス室にかわるだろう。なお、ナチスドイツがガス室で使用したりもしたシアン化水素のIDLH(脱出限界濃度)は50ppmである。



麦角

 ライ麦や小麦の穂に、ある種のカビのしわざで、長さ1〜5センチほどの褐紫色の角が生じることがある。この「麦角(ばっかく)」は、猛毒で、凶作時にはそんなことは気に止めず麦を食したから、時には数万人の死者がでて、ローマ時代には「聖アントニウスの火」、あるいは「聖火病」といって恐れられた。麦角の毒は血管を収縮させる作用が強く、結果手足の血行を阻害し壊死させるので、病の末期には大した痛みもなく手足が腐り落ちていく。

 この麦角に含まれる毒素のひとつからスイスのアルベルト・ホフマンがつくったのが「LSD−25」。現在は単にLSDと呼ばれ、現在でも最強の幻覚剤である。



フグ

フグ毒テトロドトキシンは、半数致死量体重1kgあたり0.01gという超強力な神経毒である。動物の神経は、ナトリウムイオンとカリウムイオンの濃度差で電気を発生し、電流を流すことで神経として働くが、テトロドトキシンはこのナトリウムチャンネルを押さえて回り、神経の電気発生を止め神経伝達を停止させて、骨格筋、ついで心臓筋を麻痺させる。体はしびれて動けなくなり、やがて心臓が停止して死に至る、という訳だ。

 そしてテトロドトキシンは内臓を動かす平滑筋には働かない。平滑筋の運動はナトリウムチャンネルでなく、カリウムチャンネルによるためだと言われている。

 またテトロドトキシンを初めとする神経毒は、ナトリウムチャンネルをふさいで電気発生を瞬時に押さえてしまうが(体をマヒさせ動きを奪う)、多くの場合その効果は一過性である。チャンネルをふさぐのが終わればそれでおしまい、なんら組織を破壊したりなどの悪さはしない(これは動物があとで食べる獲物を倒すのにも都合がよい。ただしフグ毒は、むしろ植物性のアルカロイドに似ている。これはプランクトン起源の毒ではないかと考えられている)

 そのため昔の河豚中毒の名医は、人里離れた山の中に住んでいた。つまり河豚毒というのは、数時間生き長らえれば、後は後遺症もなく、完治するからである。



ベニテングダケ

日本でハデな毒きのこといえは、有名なベニテングダケとあといくつかしかないそうですが、私の記憶が正しければ、長野の人はベニテングダケを洗って食べます。しかも世の中で一番うまいキノコだと思っている。フィンランド人などは生で食う。

 長野の人とフィンランド人のために弁解しておきますが、ベニテングダケは見かけほどの猛毒を持っているわけでなく、ハエは死ぬが人はまず死にません。問題となるのは、むしろ催幻覚性の方です。殺ハエ成分であるイボテン酸は、実はグルタミン酸(味の素ですな)以上のうまみがあることが知られていて、長野の人が蕎麦のだしに使うのは、さすがといえましょう。

 ベニテングダケは輪生します(輪を描くように生える)。ヨーロッパではこれを「フェアリーリング」と呼ぶそうです(くるくる)。妖精が輪になって踊っていると思うんですね。一度この輪の中に足を踏みいれた者は、妖精にはやされのせられて、いっしょに踊ることになります。ほんの1、2時間のつもりが(これだって大変なものだと思うのだが)、気付くと10〜20年くらい踊っていたりする。フェアリータイム(妖精の時間)なので、ウラシマ効果がある。自分でやめることはかなわず、死ぬまで踊り続けなければならなくなるそうな。死の舞踏から彼を救い出す方法は一つ、誰かが片足を輪の中に踏みいれ、大声で彼の名を呼びながら力一杯引っ張り出すこと。



ベラドンナ

 目をぱっちりさせる薬は危ない薬が多いのだが、昔からベラドンナなどは、瞳を美しくするためと、離婚せずに独身になるために、重宝されていた。暗殺用毒薬である。

 その主な有効成分の一つ、スコポラミンは、チョウセンアサガオ(だいたい ナス科の植物は危ないのだ、トマトもそうだ(笑))にも入っている」。

 これは日本の「まんだらけ」で麻酔に使われたり、売春宿のオーナーがやってきたばかりの少女に催淫薬として使ったり(実のところ知覚麻痺させて抵抗できないようにするだけ)、ナチス・ドイツの自白剤「真実の血清」の主成分だったり、アメリカ軍では船酔いの薬として大西洋を渡るのに使われたりした。

 また魔女軟膏(これはベラドンナを主剤とする)の主たる成分で、魔女たちはそれを身体に塗ったり、ホウキの柄に塗って腟や直腸にさしこんだりして幻覚性の自慰にふけり、これが「ほうきにまたがって空を飛ぶ魔女」の元になっているとかなのだが、「酒に目薬をいれてどうのこうの」はベラドンナやチョウセンアサガオと同じ効果のあるロートエキス配合だからとか(いまそういう目薬はない、こともない)、そういう話である。



メタノール

メチルアルコール(メタノール)でも、酔うことは出来る。

終戦直後の日本では、メタノール飲酒による中毒死亡者が年間1500人を越し、失明者にいたっては「仮にも眼科である者で、メタノールによる失明者を見たことのないものはいない」とまで言われた。現在でも、アルコール規制の強いスウェーデンなどは、非飲用アルコール(エチルアルコール)にも飲めないようにと、わざわざメタノールを混入しているが、逆にそれでも飲もうというものが後を絶えず、中毒者が激増している。将来、低公害車としてメタノール自動車が実用化されれば、メタノール中毒者(死亡者・失明者)は、数千万単位で世界に発生すると予測されている。

 飲用アルコール(エタノール)は、まずアルコール分解酵素によってアセトアルデヒドに分解され、アセトアルデヒド(これが悪酔いの元)は、アセトアルデヒド分解酵素によって無害化される。これと同じように、メタノールも処理されるが、この場合は、まずアルコール分解酵素によってホルムアルデヒドに分解され、ホルムアルデヒドは、アセトアルデヒド分解酵素によってギ酸へと分解される。失明などの視神経障害を引き起こすのは、このギ酸である。

 したがってメタノール中毒を軽減するには、飲用アルコール(エタノール)を摂取し競合させて、メタノールが分解されるのを防ぐ手がある。すなわち、治療に酒を飲む(たとえばウィスキーの経口摂取)などがあるのは、このためである。通常、40%のウイスキーを体重1kgあたり1.2〜2.0ミリリットル用意し、これを180ミリリットルのオレンジジュースと混ぜ、30分で飲ませる。



レセルピン

古くから使われる血圧降下剤。交神経中枢及び末梢に作用する神経遮断薬である。血圧下がって動悸おさまる。精神鎮静作用も合わせ持つので、分裂症の治療にも使われてきた。どうやってきくかというと脳内アミンを枯渇させ精神運動性興奮を鎮静するのである。アドレナリンもドーパミンも出なくなるから、世の中にワクワクすること面白いこと気持ちのいいことひとつもなくなる。悲しみが押し寄せ、食欲が減退し、性感覚が消失し、悪夢にさいなまれ、手が震え、筋肉がこわばり、しかも静かに座っていれらなくなる(アカシジア)。副作用の欄には「自殺」と書いてある。




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