カルノー先生の進化論2

 今日はこの間の続きじゃ。何、覚えとらん?実はわしもそうじゃ。わしの授業はいつも「読みきり」じゃ。では、はじめる。

 今日はこの間の続きじゃから、「淘汰圧をかけた場合の進化」について話してやろう。有り体にいえば、「人口論」じゃ。有限の食料、これは進化における主たる淘汰圧の一つといってもよい。「食料生産は算術級数的に増加するが、人口は幾何級数的に増加する」、これが有名なマルサス・テーゼじゃ。

 食べ物よりそれを食う者の方が速く増える。これは細菌飼っても、人間でも同じことじゃ。食べ物がたくさんある場合、生き物いうのは指数的に増える。倍々ゲーム、人口爆発じゃな。ところがそうすると食べ物が足りなくなる。

 ヴォネガットいう物書きはこういうとる。「餓えは人間にとって通常の経験ですが、中産階級のアメリカ人にとってはそうだとはいえません」。まあよい。飢えは生命にとって普遍的現象じゃ。餓死するやつ、生き残る奴、いろいろ出てくる。

 エラズマス・ダーウィン(ダーウィンのじいさんじゃよ)は、有機体的幸福というのを考えおった。生き物の幸せは、個体の自己放棄、つまり死ぬことじゃ。むしろ生き物の使命は、死んで他のもんに道をあけてやることじゃな。ナチュラル・セレクションによるサバイバル(生き残り)は、実のところ「死に残し」の裏っかわにすぎん訳じゃ。生命保険じゃよ。死んでから得られるので、本人には得られない。このモチベーションによって進化が起こる。もっとも残すのは「隙間(エンプティ・スペース)」であって、資産でないがな(が、有限の食料・資源からの引算を考えれば同じ事じゃ)。

 近頃では、死ぬ前に生命保険を換金するための市場がある。自分や家族にかかっている生命保険を、債券や手形(商業信用)のごとく、流通に投じるのじゃ。誰かに買ってもらう。生命保険の売り手は、(自分や家族の)「死」を前払いしてもらうことができる。買い手は、保険金をもらう権利を手に入れる(保険金がもらえるまで待ってもいいし、更に株のように転売して儲けてもよい)。そもそも生命保険の支払いは(つまり人が死ぬことは)、景気にほとんど依存しないし統計的に予想可能なので、生命保険の掛金は最も安定した資金源として、長期設備投資や国債引受の資金として重要じゃった。誰しもが一個の生命をもっておる(誰しもが一度きりしか死ねない)、そして人の命は「地球より重い」んじゃよ。

 その「重い生命」の手形を切って(生命を担保に)信用創造しとった訳じゃが、生命保険の個人売却は、それを今一度、貨幣に転換しよう(金に変えよう)と言うわけじゃ。生命の空手形じゃ。売る奴がおって、実際に売れてるのだから、買っとる奴らもまたおるわけじゃが、ゴーゴリの小説(『死せる魂』)に出てくるチーチコフという男は、死んだ農奴の証書を買いあさり幻の大地主になるが、他人の生命保険を買い集める連中は、何度でも死ぬことができるということになる。ファイル・キャビネットにおびただしい死が積み上がっとる。そして実際に「死=生命」を買い集めるのは、人の死後も生き延びるであろう「法人」なのじゃ。これは不死人といっていい。

 そして同様のことが「人口論」的にも起こっておる。人口抑制は必然的にセレクションを伴うじゃろう。エジプトの王ファラオのエージェントじゃった予言者ヨセフは、食料管理によって民族淘汰、つまり人遺伝子の選抜じゃな、それをやりおった。予言は「7年の豊作の後に7年の凶作がくる」というもんじゃった。ただ単に凶作=飢饉がおこるというんじゃない、豊作がむしろ飢餓を生むメカニズムを作動させおる。災厄は農業生産性の低下によるものでなく、むしろ価格低下を招くところの、積年に渡る過剰生産じゃった。それを見て取った予言者は(つまり奴は未来ではなく現在を見ておったんじゃ)、「夢の解釈」でもって危機分析を行ない(フロイトじゃな)、余剰生産物の大規模な搾取を行なって、しかるのち飢えた世界中に(施したりめぐんだりせずに)「余った穀物」を売り捌いた。

 その証拠にその後支払う銀の底をついた人々から、穀物の対価として家畜(生産手段)を巻き上げ、家畜を失った人からは対価として田畑(生産手段)を巻き上げ、ついにはエジプト中の人々を奴隷化したんじゃ〔創世記47章13-26〕。これがチーチコフが買い集めた「農奴」の起源じゃ(一度すべてを売り払った後のカスをチーチコフは買い集める/個人売却される生命保険を買い集める者のように)。ヨセフが行なったのは、情報による危機移転であり、奴隷化による食料生産の組織化・国家経営化であり、ようするにアグリ・ビジネスじゃ。今も世界中の富は、元を辿ればこれと同じやり方で、「余った穀物」を飢えた世界中に売り付けることで得られている。あいだに石油や原子力がはさまろうが、取引がまだ収穫されない何年も先の「穀物」を巡って、コンピュータとテレックスの間で行なわれようが同じことじゃ。

 未だに飢餓、疫病、避妊は人口管理(選別=抑制)の有効な方法じゃ。どれもが「死」に結び付いており、「死」によって制限し「死」によって刈り取る。例えば性的交合による遺伝情報の撹拌・氾濫が、王朝の正統性を危うくするし、性感染病の感染経路の追跡を困難にするじゃろう。高等生物に比して100万倍の分子進化速度を持ち、つまるところ時系列に膨大な遺伝情報を増殖させる・ばらまくジュネレーターとしてのレトロ・ウイルスの同定には、王朝・民族の血統性の保証=遺伝情報の一元的管理と同様に、「系譜作成」が不可欠となる。ましてHIVのような逆転写酵素を持つレトロ(RNA)ウイルスは、遺伝情報を混信させることを旨としとる。RNAをDNAに転写し、DNAを書き換えて人細胞を工場にしてRNA(情報)を増殖させる。避妊は人口爆発とともに、(遺伝)情報爆発をも制限しようとする。人口管理(選別=抑制)は情報管理じゃ。そしてあらかじめ生命という信用(創造)を文字通り流産させる。でないと早晩、(ヨセフが予見したような)信用爆発→生命恐慌が起こるからじゃ。

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