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読 書 猿 Reading Monkey
第75号 (日記でGO!号)
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■■幸田露伴「突貫紀行」(ちくま日本文学全集「幸田露伴」に収録)====■
「身には疾(やまい)あり、胸には愁いあり、悪因縁は逐えども去らず、未
来に楽しき到着点の認めらるるなく、目前には痛き刺激物あり、慾あれど銭な
く、望みあえども縁遠し、よし突貫してこの逆境を出でむと決したり。五六枚
の衣を売り、一行李の書を典し、我を愛する人二三にのみ別をつげて忽然出発
す。時まさに明治二十年八月二十五日午前九時なり。桃内を過ぐる頃、馬上に
て、
きていたるものまで脱いで売りはてぬ
いで試みむはだか道中」
『悲しき熱帯』がレヴィ・ストロースの「方法叙説」なら、『突貫紀行』は
露伴の「悲しき熱帯」である。幸田成行は出発のあと、峠で貰ったにぎり飯で
お腹を壊すが、この旅中「里遠し いざ露と寝ん草枕」の句を得て、露伴の号が
生まれる。
■■山田風太郎『戦中派不戦日記』(講談社文庫)============■
こちらは昭和20年の日記。
橋本治をして「青春文学の最高傑作。もう絶版だが、私は持ってるもんね、
ざまあみろ」と言わしめた。その後復活したが、出版社サイドの解説には「日
本への憂情と青春の鬱屈をかかえた1人の医学生がかつてないドラマチックな
年、昭和20年1年間の体験を克明に記録した日記」なる紹介がされている。「青
春文学」「体験を克明に記録した」なる文言には疑問を呈するも、その評価に
組みすることはやぶさかではない。最強日記。これに比べれば、荷風のなどハ
ナクソのごときものである。
一月六日
……「浅草に三亀松のドドイツをききにゆかないか」と勇次郎君がいうので、
午後、地下鉄で浅草へ行く。浅草花月に入る。
……(柳家)三亀松。さすがに紋付袴イタにつき、その痛快なるべらんべえ
調、観客の愛嬌と罵倒とシャレと自嘲的なるニガ笑い、まことに江戸人的な
り。これで帰れば防空副団長なる由。「かの憎むべきB公が……」などといい
て笑わしむ。高輪の親父はB29のことをポー助と呼ぶ。このあいだ来訪せる
某夫人はその子に「さあさ、早く帰らないとプーちゃんが来ますからね」とい
えり。これらサイレンの音の形容ならんが、何でも茶化す江戸っ子の気風、昭
和二十年になお残る。……
十一月十七日
朝、勇次郎さんと、勇次郎さんのチッキを渋谷駅に取りにいく。
……渋谷駅の石の壁には----全東京至るところそうであるが----ベタベタ貼紙
だらけで、破れてはためいているもの、堕ちたあとの汚らしく残っているも
の、文句も百花繚乱といいたいが、玉石金糞紛然錯然たるものがある。
曰く「餓死対策国民大会!」
曰く「吸血鬼財閥の米倉庫を襲撃せよ!」
曰く「日本自由党結成大会!」
曰く「赤尾敏大獅子吼、軍閥打倒!」
曰く「財閥の走狗毎日新聞を葬れ!」
曰く「天皇制打倒、日本共産党!」
曰く「爆笑エノケン笑いの特配!東京宝塚劇場!」
曰く「十万円の夢、宝クジ!」
この中に薄く、護持、という字だけ壁に残っているのは、その上に神州か国
体という文字がのこっていたのだろう。
■■一茶『七番日記』(岩波文庫)===================■
いきなりだが引用する。
> 文化十一甲戌歳
> 一 晴 寒
> 二 晴
> 三 晴
> 四 晴
> 五 晴
> 六 雨
この年の新春正月は晴れがつづいたことが分かる。
> あつさりと春は来にけり浅黄空
■■田中康夫『ペログリ日記’94〜95』『同’95〜96』(幻冬舎文庫)=■
おすすめ。
ただし「自称○○○」や「エセ××」の方々には、難解すぎてこなせないだろう。
■■エリック・ホッファー『波止場日記』(みすず書房)=========■
ホッファーは冲仲仕である。つまり船の荷物運びである。
この本の巻末についている「ホッファー小伝」によると、7歳の頃にいきな
り目が見えなくなった。15歳でいきなり目が見えるようになった。
比喩ではない。
だからまともに教育は受けられなかった。
目が見えるようになってからは一日中、本を読んでいた。また目が見えなく
なると思ったからである。
18歳の時にいわゆる天涯孤独となり、ドヤ街に入り、それからはあちこちの
職業を渡り歩くことなる。
第二次対戦にアメリカが参戦した時(ホッファーはドイツ系アメリカ人であ
る)軍隊に入ろうと思ったが病歴ではねられ、そして冲仲仕になった。
本を出したせいもあって有名になったり、大学で教えたりもしたが、働けな
くなるまで冲仲仕は続けた。
その生活の中で、ほぼ一年ほどの間に書いた日記がこれである。
中味は、何を食べた、何を読んだ、何を考えた、というようなことである。
日記だ。
「ヴァン・デル・ポストの『アフリカの黒い瞳』を読み始めた。この本がい
ったいなにに関する本なのかまだ分からない。」
「起きたとき、一日の仕事にたち向かえないような気がした。閉じこもり、
ベッドに入ったまま。明日は働くようにしよう。
「タール・ヒール・マリナー号で九時間。」
「午前六時。きのうはハワイアン・リファイナー号で七時間半働いた。」
「知識人についての本は書かないことにする。これは確定。」
「本部へ行ったが派遣されなかった。」
中上健二がホッファーを読んでいた、というのは果たしてオチになるのかど
うか。
■■吉田秋生『ハナコ月記』(筑摩書房)================■
月記になってて、日記じゃありません。
あまり面白くありません。
連載したのが『Hanako』って雑誌で、出版しているのが筑摩書房だから仕方
ありません。その割りにこの単行本は安くありません(1200円)。100頁しか
ないのに。カラーだし、筑摩書房だし、『Hanako』読んでる人が買うのかもし
れませんから(買わないか)、仕方ありません。
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