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           読 書 猿   Reading Monkey
            第125号 (グッドバイ号)
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■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。


■■鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの』(新曜社)=====■amazon.co.jp

 今年もまた、鶴見俊輔の季節がやってきた(笑)。
 この書は最近のもの。「戦後世代」の2人、『民主と愛国』の小熊英二と、和
服の上野千鶴子が、「永遠の不良」(笑)鶴見俊輔に話を聞くというもの。貴重
な写真も満載で、毎年の敗戦記念日に3人交代でアタマを剃った時の、丸坊主の
鶴見俊輔なども収録されている。
 しかしなんと言っても見どころは、(あのクソくだらない)吉本・花田論争の
ときに、吉本隆明に「そんなにケンカが好きなら相撲取りになれ」と言い放った
(笑)鶴見俊輔の放言の数々である。
 
鶴見:まあ吉本は、とにかく自分がこのままじゃ耐えられないと思うと、もう
殴っちゃうんだよね。いっぺん殴り始めたら、とことんまで殴り続けるんだよ。
そうやってしか、進路を開けない奴なんだ。だから私は、それなら相撲取りに
なってしまえ、なんて書いたんだけどね(笑)。だけど吉本本人も、後悔してい
るんだよ。
上野:そうなんですか。
鶴見:98年だったかな。共同通信が新年対談の準備をするという企画で、吉本
が私に会いたいと言ってきたんだ。それで、東京にいったんだよね。そうしたら
もう吉本は、「お呼び立てしてすいません」とか、初めからそういう姿勢なんだ
よ。そして彼は、体調が悪いと言って、対談が終わったら飯も食わないですぐ
帰っちゃった。そしてそのとき彼が言うには、「僕がいまこんなに苦しいのは、
若いときさんざん人の悪口を言ったからじゃないか」って。
上野:ははは、それはおかしい(笑)。身から出た錆ですね。
鶴見:ほんとうなんだよ。面白い話でしょ。だけど私は、「そうだ、ざまあみ
ろ」なんて言えないじゃない。

 
■■『グロリアと3人のセラピスト』(日本精神技術研究所)=======■

 その筋には有名なビデオ。ビデオなのだが、逐語録(トランススクリプト)
が、上記のところに注文すると手に入る。

 タイトルだけで、何をいわんや、である。
 タイトル・ロールのグロリアは、30歳女性、バツイチ子持ち(娘がひと
り)、喫煙者、恋人あり。恋人との交際を娘にフランクに話せないという、割と
どうでもいい悩みを持っている。
 3人のセラピストは、次の通り。ロジャース、パールズ、そしてエリス。いず
れも心理療法の世界で有力な一派(前からクライアント中心療法、ゲシュタルト
療法、論理(情動行動)療法)を立ち上げた創始者たち、大御所である。いった
いぜんたい、心理療法は診察室の中でどんな風に行われているか、セラピストで
も患者でもない第3者にほんとうのところを伝えようという企画に、大御所たち
が応えたのである。そして彼ら3人につぎつぎとセラピーされる「生贄」こそ、
われらがパール・ホワイト、もとい、グロリア嬢なのである。

 ロジャースは、ミッシェル・フーコーを思わせるめがねをかけたはげ頭の巨
漢。まずは1人で登場して自らの心理療法について語り、そのあと女主人公グロ
リアと対面する。ロジャースはとてもやさしそうで、緊張気味のグロリアもほっ
と一安心。「あなたの問題について話し合いましょう」と促され、上述のボーイ
フレンドとの関係を娘に素直に話せない、娘に嘘はつきたくないし、かといって
娘の年齢ではこういった話題を語るのも抵抗がある、ああ、どうしたら・・・と
いうようなことを語り始めるグロシア。まったくイライラしてくる。ロジャース
の方は、うわさどおりに、相手の言ったことを、少しばかり言葉を替えて相手に
言い返すだけ。「なるほど(イエスでもノーでもない応答)、つまりあなたは彼
との関係はやましいことはないし、それにこれまで娘とは何でも自由に話してき
た。けれども、今回のようなあなたの関係を、まだ小さい娘さんがどう受け取る
のか、ショックを受けないだろうか、まっすぐに受け止めてくれるだろうか、そ
れが心配なのですね」。
 「ええ、そうです」「ええ」とロジャースとの言葉のラリーを続けてきたグロ
リアは、とうとうあることに気付く。「先生が私の話を聞いているのは、もう十
分にわかりましたわ。でも、わたしはどうしたらいいか、その答えを先生から伺
いたいんです」。
 ああ、グロリア。その通りだ! 見ているぼくらもさっきからずっとそう言い
たかったんだ。

 つづいてパールズ登場。月並みに言えば、ひとくせもふたくせもありそうな人
物。肉がだぶつき、目の下も、ほほも下に垂れ下がっている。眼光ばかりがする
どく、タバコをすぱすぱ吹い、要するに子供読み物では、暗黒外の奥で怪しげな
店を開き、比類なき知識と人脈を使って簡単に主人公を助けたり、あるいは罠に
はめたりそそのかしたりする、そういった人物にみえる。縮めて言うと、どう見
ても悪役。
 しかも、パールズのやり口は、よく知られているように、言語的表現と非言語
的表現のギャップをどんどんと指摘し(たとえば怒ったことを話しながら、笑っ
ている人)、揚げ足を取り、攻め立て、追い込んでいく。やがてクライアント
は、今までみたいな「かしこまった態度」をやめ、パールズにかなり本気で感情
をぶつけだす。すかさずパールズはそれを取り上げて、「そうです、そうそう」
をokを出し、さらには「「私」をつけて、今の気持ちを表現しなさい。「私は
パールズに怒ってる」と言いなさい」。
「いやです。そんなこと言えません」
「言うのです。さあ、いいなさい」
「私は先生に怒ってなんかいません。ただ、私の気持ちを受け止めていただけな
いので、悲しいだけです」
「うむ、かなしい。そうか・・じゃあ、その気持ちをこの椅子に向かって言って
みて」
「私は悲しい」
「もういちど」
「私は悲しい! そうだわ、わたし怒っています。先生はちっとも助けようとし
ない。私を、そう感情的にさせます。私は怒りたくなんかなかったのに!」
「そう、いまのはとてもいいね」
 火に油をそそいでいる(笑)。
「さあ、私に向かっていうんだ。私はパールズを怒っている。パールズ、あな
た、私をよくも怒らせたわね」
「(笑って)ええ、そうよ。パールズ先生は、私を怒らせた。それがなぜかも
知ってるわ。先生は、わたしを怖がっているもの」
「私が怖がってる? いいぞ。じゃあ、今度はパールズになって、怖がってみ
て。(笑いながら、ぶるぶる震えてみせるグロリアに)パールズになった君は、
グロリアになんて言うのだろうね」
「知りませんわ。私、先生じゃないし」
「じゃあ、グロリアは「パールズ先生」に何を言わせたいんだね?」
「謝ってほしいわ。『私の態度には確かに悪いところがあった。ゆるしてくれ、
グロリア』。それからこう言うわ。『ただこれも、君にもっと本当の気持ちが出
せるようにしたかったんだ。信じられないかもしれないが、治療の一環だったの
だ』。ええ、もちろんですとも。だって私は・・・」

 最後はエリス。ウッディ・アレンにスポック博士を足し込んだ感じの小男。
「あなたの問題は?」
「そのとき、アタマのなかで、自分に対して、なんと言葉をかけました?」
「よく・・・わかりません。」
「何かかけてるはずなんですがね。たとえば、@@といったことを」
「そうかもしれません」
「結構。では、そういうことにして、この考えは合理的ですか、非合理的です
か?」
「非合理的だと思います」
「じゃあ、それにかわる何か合理的な考えは?」
「えーと、すみません、思いつきません」
「しかし、あなたもこの考えが正しいとは思わないわけですね」
こんどは感情面ではなく、知性の面でおいつめられるグロリア。
怒りを発するのではなく、「わかりません」という言葉を連発することになる。

 さて、クライマックスは、3人のセラピーを受けた後、グロリアが感想を述べ
るところである。
「えーと、自分が患者ならロジャース先生のところに行きたいですね、とっても
やさしいし(笑)。
でも、今の私に力になってくれるのはパールズ先生かな。
エリス先生には、ついて行けませんでした(笑)」。
 やはりタイトル・ロールだけのことはある。見事な落とし方。
 今回もまた、トランススクリプトを読み返さず、記憶だけで書いてしまった。
かなり違っていると思うので、ぜひ原典にあたられることをお勧めする。読書猿
は読書の代わりにはならないのである。


■■Robert Anue『Zebu: The Hypnotic Language Card Game』
                      (Robert Anue, 1992)==■amazon.co.jp

 昔の催眠(とテレビなどの「見せ物」催眠)は、「You will do 〜(〜するよ
うになります)」などと暗示する(そこまで断言して「暗示」も何もないもんだ
が)。これを「権威催眠」という。何故こんなのがokだったかといえば、昔は
「催眠をかける側」がいまよりずっと「偉かった」からである。
 「催眠」の歴史は、一般にメスメル(Franz Anton Mesmer:1734〜
1815)の動物磁気(磁気術)に始まると言われるが、催眠史上の重大な発見
は、むしろメスメルの弟子にあたるピュイセギュール(Amand-Marie-Jacques
de Chastenet, Marquis de Puyse'qur:1751〜1825)によってなされた。ノ
−ベル生理学賞を受賞しただけでなく、酔狂にも催眠術の科学的研究に着手した
奇特なシャルル・リシュ(1850〜1935)は、こう言う。「ピュイセギュール
なしには、メスメリズムとよばれた治療は短命に終わり、ただ磁気桶を中心に置
いた心霊現象(治療)の度を過ぎた流行が一時ヨーロッパを席巻したという記憶
が残っただけだっただろう……」。
 メスメルは「お医者様」だった(「催眠hypnotism」という言葉をつくったブ
レイドも、その医学的偉業と政治的手腕でもって催眠をしげな祓魔術の延長から
科学的に取り扱うべき存在へ脱皮させたシャルコーも、医者だった)。そして
ピュイセギュールに至っては「領主様」だった。伝統的な催眠術は、このピュイ
セギュール・モデル(かける側とかけられる側の、転倒不能な上下関係)をベー
スに出発した。のちに墓碑名に「ヨーロッパ一のトランス野郎」(ちょっと違
う)と刻まれたヴィクトルはピュイセギュールの領民だった。
 しかしこのモリエールの劇に見られる主人と召し使いの関係にも似た関係は、
やがて失われていくものだった(ピュイセギュールは、フランス革命を経験して
いる)。間もなく起こるフランス革命後、貴族と平民の区切りに大きな変化が起
こり、何よりも市民(ブルジョワ)階級の台頭するなか、フランス革命後の次世
代の術者たちは、ヴィクトルが体験しピュイセギュールが目にした同じ現象を手
に入れるのに、より強い威厳をふりかざす暗示中心の働きがけに移行していく。
市民社会における伝統的権威の喪失と、科学知の発展による専門家の権威の台頭
が進む中、最終的にはそうした権威暗示を駆使できるのは医学の発展の中かつて
よりずっと社会的地位をあげた「お医者様」しかいなくなってしまった。
 しかしもはや医者は(そして専門家は)、それほど高い地位を自動的に帯びる
ものではなくなった。権威催眠は、社会の平準化のなか、ますます効かなくなっ
た。古典的な役割演技が繰り返される「見せ物」催眠にしか、催眠術らしい催眠
が見られなくなった理由である。
 催眠がほぼ見捨てられた1930年代、ひとりの医学生が催眠の研究に着手し
た。のちに現代催眠の祖となるミルトン・H・エリクソンである。エリクソンが
生み出した催眠技法は十指にあまるが、ここでの文脈では「You will do 〜(〜
するようになります)」といった権威暗示が、「You can do 〜(〜することが
できます)」という許容的暗示でも、そしてさらに「I knew someone who
experienced doing 〜(〜した人を知っています)」といった間接暗示でもよい
ことを提示したことが重要である。

 さて、遊びながら、こうした(エリクソン以後の)現代催眠が身に付くカード
ゲームがある。
 Zebuは、エリクソン催眠を教えていたRobert Anueが、教材として作った
催眠カードゲームである(でもISBNコードがついている。ISBN:1555520464)。
 体裁はまるでトランプ。52枚のカードが入っている。
 カードの一枚一枚には、現代催眠 でよく使う「言語パターン」が書かれてい
て、それぞれにコメントがついている。下のような感じ。

(パターン)It's easy to ___, is it not?(〜するのは簡単ですよね?)

(コメント)Is it not is another one of those endings that softens a
statement into a question. And it's a bit confusing to disagree with, is it
not? It's easy to go into trance, is it not? It's easy to discover something
special deep inside, is it not? And if I say that something is easy, you
probably try doing it to see if I'm right.
「〜じゃないですか?」は、叙述(肯定文)を質問(疑問文)にかえることでソ
フトな言い回しにする結びの言葉です。同意しない場合には、ちょっとした混乱
を生みますよね、そうじゃないですか(is it not)? トランスに入るのは簡単
なことですよね、そうじゃないですか? あなたの内の深いところにある何かに
気付くことは簡単ですよね、そうではないですか? そして私が何かを簡単であ
ると言えば、相手は私が正しいかどうかを調べるために、そいつをやってくれる
かもしれません。
 
 パターンの中の___部分に、それぞれ言葉を当てはめて言う。コメントの中
のイタリックになっているのが、その使用例。
 カードはいろいろに使える。ソリテアをしたという人もいる。ひとりでも、引
いたカードのパターンをつかって、とっさに催眠導入や暗示をつくる練習をする
ことができる。

 たとえば伏せたカードの山から、一枚引いて、それに書いてある言語パターン
を使って、催眠導入や催眠暗示のセリフを即興で作って使うというゲームなど。
参加者はカードを引いた人が話す催眠導入や暗示のセリフを、じゃませず聞かな
くてはならない、というのを事前にルールとして取り決めておくといい。数人で
かわるがわる引いていき、互いに催眠をかけあう。このゲームのやばさは、王様
ゲームの非ではない。
 
 要するに、なんどもカードを引いて、書いてある言語パターンを見たり、使った
りしているうちに、催眠言語パターンを自由自在に使えるようになる。なんでも
ないアイデアだけど、こういうの実際に作ってしまうのが、おもしろいなあ、と
思う。

今回はとうとう、まともな本が3つのうちの1つだけになってしまった。


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