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           読 書 猿   Reading Monkey
            第120号 (only birth号)
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■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。


■■三谷幸喜『オンリー・ミー 私だけを』(幻冬舎文庫)=============■amazon.co.jp

 この中に、新宿の「談話室・滝沢」で行われた、ねずみ男の独占インタビュー
が収録されていて、なんでも、二年前から東中野で貸しスタジオを、それから去
年中野の駅前にカラオケボックスをオープンして、その名前が「ラッツ&ベ
ティ」というとか、そういうことが書いてあった。
 ねずみ男ファンには周知のことだろう。
 ブルデューの『ディスタンクシオン』を読むと、いつもねずみ男が頭に浮か
ぶ。理由は明白だからここで述べるまでもないが、そういう訳で昔はブルデュー
が嫌いだった。今は(一方的にだが)和解した。なんて殊勝なんだろう、ブル
デュー。そんなに殊勝で大丈夫か。でもまあ、フランスの思想家っぽい人たちの
インタビューというのは、いつだってかなり殊勝である。
 ねずみ男の話だった。
 先のインタビューによると、月に一、二回は講演をやっているらしい。「ゲゲ
ゲの鬼太郎」を見て、ねずみ男という人間の生き方に共鳴してくれた人が今でも
声をかけてくれるらしい。そういえば、ニャロメを読んで元気を出せ、という本
(というかニャロメより抜き集というか)を見た。一応、経営コンサルタントと
いう肩書きで(ねずみ男の話である)、「後腐れのない人のだまし方」みたいな
テーマで講演しているらしい。鬼太郎の正義面したところが、心底嫌いらしい。
 でも、アニメはともかく、マンガの方の鬼太郎はぜんぜん正義面してなくて、
味わい深いのだけれど。するとねずみ男の方の、小悪人としての品格がぐっと下
がる。アニメねずみ男、いいじゃないか。正義があってのねずみ男。君は妖怪、
ぼくはねずみ。
 

■■ダンバー『ことばの起源:猿の毛づくろい、人のゴシップ』(青土社)====■amazon.co.jp

 昔、今思うと随分昔に、「脳内麻薬」というのが流行ったことがある。なんで
も「脳内麻薬」で説明できるのであるが、「説明」ばかりではあまり実践的では
ない。あ、いま脳内麻薬でてる、と思うことはあっても、それではあまりに受け
身過ぎる。もっと自由自在に脳内麻薬してこそ、幸せでアクティブな脳内麻薬生
活がおくれるのではないか。
 脳内麻薬を出すのは難しいことではない。少し、そのメカニズムを知っていれ
ば、簡単に出せる。
 まず脳内麻薬の機能であるが、これは「痛み」とカップリングになっている。
痛覚は、生命体にいろんなことを、例えば身に起こった異常や異変を知らせる。
これはすばやい伝達が必要となる。怪我をしたら、すぐ痛い。でないと手おくれ
になるかもしれないからだ。しかし、いつまでも痛いばかりでは、生活に支障を
来す。いつまでものたうち回って、ものも食えず眠れもせずでは、なおりやしな
い。なので、こんどは痛みを抑制するメカニズムが、こんどはゆっくりと効きは
じめる。あんまりすばやく抑制してしまうと、もともこもないから、その働きに
は時間差が必要である。これが脳内麻薬の機能だ。
 しかし脳内麻薬を出すのに、いちいち体を傷つけていては、あまり喜ばしくな
い。御安心あれ。脳内麻薬は、肉体的のみならず精神的な「いやなこと」でも分
泌される。それも時間差で。ストレスかかってると、おくれて脳内麻薬が出る。
これもあまり嬉しくない。しかしストレスにもいろいろあって、例えばマラソン・
ランナー(あんな長距離を走るのはかなりの肉体的ストレスだ)の場合、レース
のしばらく前から、それを察知した脳内麻薬の分泌が起こる。妊婦も出産の前から
脳内麻薬の分泌が起こる。しかし我々はもう少し大事なく脳内麻薬したい。
 動物にとってゲージ(檻)に閉じ込められるのはかなりストレスフルだが、する
と彼等は檻の中をぐるぐるとひたすら歩き回る。実は脳内麻薬は、単調な肉体的刺
激によっても分泌される。彼等は確かにイライラしている。それを押さえるための
無意識の行動は、繰り返しの動作となることが多い。たとえば貧乏揺すり。思えば
我々は、小さいころから年老いてまで、無意味に思えるほどの「繰り返し行動」を
ほんと繰り返し、飽きもせずやっている。事によると、これこそ、このストレスフ
ルな社会で生きる生体防衛行動なのだ。
 しかし猿の毛づくろいは、それ以上の意義がある。毛づくろいはもちろん脳内麻
薬を分泌させるが、それだったら相手は誰でもよさそうなものである。しかし毛づ
くろいは、ちゃんと相手を定めて行われる。しかも録音した猿の声をつかった実験
では、お猿は自分の毛づくろい相手の声を聞き分ける。毛づくろいは、猿社会の紐
帯なのだ。
 より大きな群れをつくるお猿ほど、より長い時間を毛づくろいにかける。しかし
毛づくろいはかなりコストが高い。それをやってる間は他の事ができないからだ。
最大の群れ(平均で個体数50)を持つ猿は、起きてる時間の1〜2割もの時間を
仲間との毛づくろいに費やす。人間の大脳皮質の割合から換算した「群れの大きさ」
は約150人だから、式に当てはめると大体起きている時間の40%を「毛づくろ
い」に費やさなければならない。大変だ。もっと効率のよい手段としてコトバをつ
かうことにした、というのがオチ(親密に話すには4人程度という限界があるが、
それでも1対1の毛づくろいよりは、3倍効率がよい)。
 内容のないコトバの交わし合い=ゴシップは、コトバによる「毛づくろい」だ、と。
あと、昔の人類は150人の群れでよかったが、都市に暮らす現代人はそんなに
「毛づくろい」する相手がいないから、ゴシップ小説やカルトが流行る、とか、
言わなくてもいいようなことを最後にちょっとダンバーは付け加えてる。


■■『National Union Catalog 』(Library of Congress)============■
 
 シュッツがやたら読みやすくておもしろくってびっくりした、という話を書こうかと
思ったが、あまりにも小ネタ満載でもったいない気がした。
 そこで前項につづいてもうひとつ、落ち穂拾いのようなことをする。
 National Union Catalogは、いわずとしれたLibrary of Congress(議会図書
館)編集の、北米(合衆国とカナダ)のほとんどの図書館(最終的に1,100以上)
の蔵書を収録したもの。A3サイズで760冊くらいある。
 何が凄いかと言うに、アメリカに関わらず収録している世界の本を、しかも版
の違い等をいとわず収録してあるところ。
 これだけだと何がすごいかわからないかもしれないけれど、読書猿第114号
の『楽しい知の技術』のところで触れた「ビブリオグラフィをグラフ化する」と
いうのは、これを使う(という、今回の落ち穂拾い)。『楽しい知の技術』での
事例を使って説明しよう。
 ハクスリー(Thomas Henry Huxley,1825-1895)というイギリスの生物学者がい
る。この人のことを調べるにはどうするか。National Union Catalogを使ってそ
の著作を洗ってみる。すると30ページにわたり650冊ほどがあがっている。
まず「版の違い等をいとわず収録」してあるので、彼が出した本が、どの程度/
いつまで売れたか・読まれたかが分かる。たとえばハクスリーの『Elementary
Lessons in physiology』は、彼が41歳のときに出版されて、その死後も版を重
ねたことが分かる。本読みはしばしば、自分と書物/著者との関係しか目に入ら
なくなることがある(その本を手自分が手に入れる/自分が読むことだけに関心
が集中する)けれど、ある本が「力」を持つには複数の人に読まれなければなら
ない。それがいつ/どんなところまで読まれたかを調べるのは、実は結構やっか
いだ。National Union Catalogは、それをいとも簡単に解決する。
 さらにもうひとつ。National Union Catalogのリストは書名のアルファベット
順だが、これをコピーして出版年順に張り替える。そして出版年を横軸に、出版
点数を縦軸にして、グラフを書く。すると何がわかるか。出版点数の増減は、社
会への接触の増減でもある(もちろん他の関わり方はあるのだけれど、とりあえ
ずはしょる)。著作者であれば、彼がある年代に得たおおまかな収入の増減がわ
かる。グラフは、ハクスリーの死んだ年をピークにした山型になっている。ある
生物学者が名をなし、名声を得て、死に、死後その名声がどのようななだらかな
衰退をしていくかが、数値/グラフとして現われる。グラフの下に、それぞれの
歳/年に起こったハクスリーのライフ・イベントを書き込むのもいい。この方法
を考え出した板倉聖宣は、ファーブルの著作グラフをつくって、教科書の印税で
食えるので学校やめたファーブル、しかし学制改正があって教科書が売れなくな
り、悠々自適でやろうとおもってた「昆虫記」が窮地に、そこで友人・知人の文
化人・知識人が、「ファーブルすごい、昆虫記最高!」キャンペーンをやって、
ファーブルが食えるようにした、というのを明らかにしてる。
 日本の著者をやろうとすると、こうはいかない。およそ調べものは、欧米相手
の方が日本にいてもやりやすいことが、ままある。今のは要するに、つかえるビ
ブリオグラフィがないということなのだけれど。



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