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           読 書 猿   Reading Monkey
             第10号 (凱旋帰国号)
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■■C.L.ストング編『アマチュア科学者』(白揚社)=========■amazon.co.jp

 科学批判なんてまだ誰も想像しなかった頃の(つまり黄金期とはそういうこ
とだ)、1950年代の「サイエンティフィック・アメリカン」の記事を、科学実
験マニアたちのためにまとめたもの。

 ちょっと内容をリストアップしてみる。

 反射望遠鏡……レンズ磨き(スピノザもやった)から駆動装置、「星を瞬き
をとめる」装置まで
 人工衛星追跡法
 地球の電気を調べる法……地球を天然ヴァンドグラーフ発電機とみなす。大
気の絶縁抵抗は200Ω、電気容量は0.25ファラッド、電離層(陽極)と
大地(陰極)の間の電圧は約36万ボルト,これを応用した電気的天気予報装
置(空電位を測って大気の状態を知る)
 核現象をさぐるウィルソン霧箱
 手軽にできる原子粉砕器(!)……中古の冷蔵庫のポンプを使う
 ミリカンの油滴実験
 低速風洞の作り方……煙の風洞,台所の流しをつかった流体力学
 自家製静電起電機(ヴァンドグラーフ発電機、空き缶などをつかって5万〜
20万ボルトの電圧をつくる:あとで原子粉砕器につかう)
 ヒルシュ管
 「嫉妬深い夫」回路
 「宣教師」回路
 シャノンのマイクロマウス(CPUを用いないリレー式回路だけで迷路を脱
出する)
 ……などなど。

 最後の方の「ヒルシュ管」というのが、「マクスウェルの悪魔」の工学的実
現で、T字型に繋がれた管に空気を吹き込むだけで、一方から暖かい空気、も
う一方からは冷たい空気が出てくるという代物。熱い方では最高180℃、冷
たい方では−60℃が得られる。フランスがドイツ陸軍に占領中に、あるフラ
ンス人が発明したものを、ナチス・ドイツの物理学者ルドルフ・ヒルシュが改
良し実用化したもの。作り方ははっきり明らかだが(この『アマチュア科学
者』にも微に細に入り書いてある)、作動原理については今だ諸説が分かれて
いる(んだそうだ)。

 前書きにこんなくだり。「イギリス科学史の初期の登場人物は、みんなアマ
チュアでした。冥王星を発見したのも、ビタミンB1を最初につくったのも、ア
マチュアでした」。
 ところで、J.S.ミルはどこかで「アマチュアというのは、everythingに
ついてsomethingを知っている人、そしてsomethingについてはeverythingを
知っている人」だと言っている。ここでは「愛好家」なんて気楽な訳語は使え
ない。まったくプロ(専門家)は楽だよ、いつだって「知りません(それは専
門じゃありません)」と大いばりで言えるんだから。

■■竹内外史『集合とはなにか』(講談社 ブルーバックス)========■amazon.co.jp

 学校で「集合」というのを教えるようになった頃、書かれた本(それから何
度も指導要領がかわって、「集合」はどうなったのか、よくわからない)。
 多分、ブルーバックスの企画としては、時流に合わせた「集合についての、
ちょっとした読み物」だったのだろう。
 けれど、世界のロジシャン(数学基礎論をやってる人)は、手加減というも
のを知らなかった。たった200ページしかないのに、カントールもゲーデル
もコーエンもかるく抜き去り、はるか後方へ置き去りにして、現代集合論の最
先端(つまり竹内外史その人だ)までとっとと足を進めてしまう。しかも、副
題が「はじめてまなぶ人のために」と来る。

■■「らくらく農業パソコン入門」みたいな本==============■

(よく覚えてないので、タイトルは今考えたデタラメ)
中身は、半分は普通のパソコン入門だった。

で、問題はあと半分である。

「パソコンは安い。トラクター1台分で、××台も買える」
 (そんなに買ってどうする?)

「パソコンで、らくらく農薬散布」
 (できるのは、散布スケジュールの管理だけ)
 (パソコンが散布してくれる訳ではない)

「パソコンで、品種改良」
 (ちょっと冒険しすぎ)
 (CRTの前に置いておくと、放射線照射になって染色体が変化するとでも
いうのか)

■■ボルヘス「アヴェロエスの探求」==================■

 こんな短篇があったこともすっかりわすれていた。
 知ってる人は知ってるだろうが、ひどい話なのである(他のボルヘスの作品
すべてがそうであるように)。

 アヴェロエスというのは、アヴィケンナと並んでイスラム哲学の一方の雄で
ある。当時イスラム圏に流入したアリストテレスの注釈を熱心にやった人であ
る。で、ボルヘスのその短篇というのは、そのアヴェロエスがアリストテレス
の「詩学」を注釈している場面を描いている。アリストテレスの注釈をさんざ
んやっているアヴェロエスだが、実はギリシャ語が読めない。で、当の「詩
学」で、どうも中心的な概念らしいのに意味がよく分からない言葉がある。そ
れが、何を隠そう、「トラゲーニア」という語である。つまり「悲劇」であ
る。
 私は杉田玄白たちの「ターヘルアナトミア」翻訳の話を思い出した。「鼻」
についての記述の中でさっぱり見当がつかない言葉があって……という例の逸
話である。結局それは「隆起する、盛り上がっている」というオランダ語なの
だが、アヴェロエスの場合は更にひどいので、「詩学」を注釈しながら「悲
劇」という語が分からないという事態はそれ自体まさに悲劇でありかつ喜劇で
ある。
 のだが、このボルヘスの短篇は急に途切れてしまう。というのは、アヴェロ
エスがアリストテレスをギリシャ語の知識なしに読んでいたように、ボルヘス
自身も無論アラビア語が読めるわけでもなくルナンのアヴェロエス論一冊を頼
りにこの短篇を書いているのだから。アヴェロエスの悲喜劇はそのままボルヘ
スの悲喜劇に他成らない。
 そしてこの私も、アヴェロエスの一冊も読んだことなくしてアヴェロエスに
ついて語ろうとしていたのである(笑)。

■■林達夫+久野収『思想のドラマトゥルギー』(平凡社ライブラリー)===■amazon.co.jp

 ある友人がこれを読んでみて、「普通この世代の人の対談って読めたもん
じゃない」のだが、この思想家(じじい)=レトリシアンの「絶倫」ぶりに、
「彼我の差が悲しくなった」のだそうだ。このヨーロッパ精神史の大家がくど
いくらいに「レトリック」の問題を強調したのを思い起こす度に、あの「文学
的」というやつのうさんくささを思わずにはいられない。

 さて友人の話には続きがあった。その「彼我の差」という奴だが、(それば
かりじゃないが、と前提付きで)、林達夫を見て、ぼくらに欠けているのは
「芝居とイタリア」だろう(そしてこのふたつは同じものだ)、というのだ。
 これが吉田健一だったら「詩とイギリス」(そしてこのふたつは同じもの)
だろうし、桑原武夫なら「フランスと啓蒙」(そしてこのふたつは同じもの)
だろうし、[だんだんひどくなるな(笑)]、泉井久之介なら「ラテン語と弁
論術」(そしてこのふたつは同じもの)だろうし、柄谷行人なら「ヒューモア
と唯物論」(そしてこのふたつは同じもの)[こりゃただのオチだな]。


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