eviltitle


感覚をかえる

modify
催眠によって体験できる「幻覚」は、過去の体験の組み合わせにすぎない。
しかし催眠はそれを、かつてとはちがったコンテクスト(文脈、背景)
において再体験させ、元の体験の意味や感じ方を変えることができる。


 催眠の効果は、被術者の持っているもの(リソース)を引き出すことである。
 たとえば催眠によって体験できる「幻覚」は、過去の体験の組み合わせにすぎない。
 しかしかつての体験が呼び戻されるにしても、催眠はかつてとはちがったコンテクスト(文脈、背景)において再体験させる。
 ことによって元の体験の意味や感じ方を変えることができる。


催眠と感覚変容

 成瀬・上武の「催眠反応表」は、催眠導入の手続きと催眠深度の判定基準(催眠尺度)を統合した、古典催眠のひとつの完成形態である。
 従来から知られていた「催眠深度」と「暗示反応」の関係、いわゆる「催眠の度合いが深まれば深まるほど、覚醒暗示→運動的催眠→知覚的催眠→記憶的催眠→後催眠暗示の順で可能となる」は、この表の縦軸に盛り込まれている。

*催眠反応表(催眠尺度)
段階
暗示
反応の程度





覚醒暗示
後倒
閉瞼
腕降下
腕移動(合掌)
腕浮揚
無反応
無反応
無反応
無反応
無反応
動揺感
垂下感
降下感
動揺感
浮揚感
動  揺
まばたき
動  揺
動  揺
動  揺
可停止
半 眼
半降下
移 動
半浮揚
転 倒
閉 瞼
降 下
合 掌
浮 揚
運動的催眠
閉瞼硬直
腕不動
指固め
腕硬直
腰硬直
無反応
無反応
無反応
無反応
無反応
硬直感
硬直感
硬直感
硬直感
硬直感
弛  緩
弛  緩
弛  緩
弛  緩
弛  緩
不 能
不 能
不 能
不 能
不 能
積極的
積極的
積極的
積極的
積極的
知覚的催眠
幻味
幻嗅
幻触
幻聴
幻視
無反応
無反応
無反応
無反応
無反応
予想感
予想感
予想感
予想感
予想感
想  像
想  像
想  像
想  像
想  像
心 像
心 像
心 像
心 像
心 像
幻 覚
幻 覚
幻 覚
幻 覚
幻 覚
記憶的催眠
年齢忘却
姓名忘却
年齢退行
負の幻覚
幻色・残像
無反応
無反応
無反応
無反応
無反応
忘却感
忘却感
追 想
困 難
予想感
弛  緩
弛  緩
想像退行
部分知覚
無残像
不 能
不 能
退 行
無 視
同 色
積極的
積極的
積極的
無認知
補 色
後催眠
後催眠暗示
後催眠健忘
無反応
無健忘
強迫感
忘却感
意図再興
一部健忘
部分遂行
大部分健忘
遂 行
健 忘

初出:上武正二,成瀬悟策(1956)「双生児法による被催眠性の研究」『双生児の研究』第2巻, pp.199-204
ただし上の表は、改良されたもの(成瀬悟策(1968)『催眠面接法』p.419 「標準催眠尺度(成人用)」)

 感覚の変容はここでいう「知覚的催眠」にあたり、つまり暗示による運動支配(観念運動反応の惹起)よりも深い催眠が必要であるが、記憶的催眠(年齢や名前などを忘れさせるなどの暗示が可能)よりは浅い催眠でかまわない、ということになる。また、暗示で味を感じさせること(レモン・テストなどがよく用いられる)は、暗示で何か聞かせること(幻聴)や何か見せること(幻視)よりも容易であること、暗示で触覚を引き起こすことは、その中間であること、などがわかる。
 本サイトでは、一次元量の「催眠深度」は必ずしも存在せず、むしろその尺度が一次元化されたことに由来する「構築されたもの」であるという立場を取るが、古典催眠の長い経験をコンパクトにまとめたこの表の意義は、いまも大きいと考える。

 たとえば、催眠によって「何かを感じさせる」のであれば、覚醒暗示(例えば「瞼が閉じる」)から運動的催眠(「瞼が開けられない」)へと進んだ後に、幻触覚催眠(「○○が〜となっているを感じる」)を行うという手順をとればよい(あるいは、もう一段ていねいに、幻味暗示(「レモン/うめぼしが入っているようにすっぱい」、「この水はお酒の味がする」など)を挟んでもよい)。



物語の使用

 物語には、それ自体、偉大な力がある。

 テレビや映画や書物などを通じて、現在ではおびただしい物語が、生産され流通し消費されているので、我々は「慣れっこ」になってしまっているが、物語は、人の感情や感覚を、確かに(時として、大きく)変える力がある。人々は、もう結末など誰もが予想できる話に(予定通りに)涙を流し、あるいは物語中の人物になり切って立ち振る舞いや思考の秩序までも変えてしまうことがある。物語が呼び起こすこうした「熱い」感情は、固く「かたまった」信念を溶解させ、変化をもたらすのに効果がある。物語はまた、教訓や法則を、無味乾燥な定式化ではなく、覚えやすい/思い出しやすい形にパッケージすることができる。

 そのため「語りべ」は(様々な名称で呼ばれはしたが)、どのような人間集団においても、(催眠術師には及びもつかないような)大きな力を持っていたし、それにふさわしい尊敬(あるいは畏怖)を受けてきた。時代が下がって、現代のフォーチュン・テラー(占い師)も、その成功はストーリーテーリングの力を利用したものである。
 エリクソンは、物語についても、人類に古くから伝わる力を現代の心理臨床の中に持ち込み、そして治療手段として再生させた。
 
 普通我々には、「民族の記憶」のような大きな物語を語る必要はないが、物語の力は、パーソナルなレベルよりむしろ、個々人が対面的に取り扱うことができるより遥かに広い領域でこそ、発動し効果を発揮するのを覚えておくことは無駄ではない。
 したがって、ここで取り扱うような対面的次元での使用は、むしろ物語の使用法としては、取るに足らないものである。それは、ひとつにはすでに日常的に広く使われているからであり(小さな子供ですら、言い訳には魅力的な嘘を物語ることがある)、そうした物語に対する処し方についても無意識のうちに身に付け普段使いしているからでもある。

 しかし「物語」を使うことは、現代催眠の様々な技法の基礎になっている。そして自覚的に用いることで、物語は、日常的に埋没した次元から、本来もっている力を解き放てる次元へとシフトし得る。

物語のスープ・ストック

 物語は、誰にも取り扱える。そして、語ることは、練習とフィードバック次第で、いくらでもうまくなる。

 「新しい物語」を「創造」することには、いくらか訓練と才能がいるかもしれない(実のところ、これも、いくつかの要素の組み合わせなのだが)。
 けれど、我々の利用目的(誰かを変化させること)には、オリジナリティは不要である。目的と対象(相手)に応じて、いくらかのバリエーションを用意しておけばいい。いや、物語をつくるには、時間がかかる。とっさに生み出すのが難しいならば、事前に用意しておくに越したことはない。

描写が五感を喚起する

 「あらすじ」は、物語ではない。

 描写の重要性は、誰もが知っているので、いうまでもない。
 多くの人が披露する物語に「怪談話」があるが、そこから描写を取り除き、物語の「核心」として、たとえば「人が呪われて、死んだ」だけを取り出したとしたら、もはや「怪談話」としての機能をまるで失ってしまうだろう。劣情を催させるはずの「官能小説」や「色ばなし」も同様である。
 「物語する」ことは誰もが行うことであるが、「うまい/へた」があるのは、描写やディティールの把持能力に差があるからである。この能力も、物語を(決して「あらすじ」ではなく)ストックすることで、一定改善できる。

相手の描写力を活用する

 自分の能力が向上するまで待っていられない場合は、相手の能力を活用する方法がある。こちらがチンケな物語かたりであっても、相手の想像力を使わせてもらえばいい。
 このやり方には利点がある。まず、相手が自分用に高度にチューニングされた物語を持っている(もしくは、作り出すことができる)ならば、外から与えるよりも、いっそう効果が期待できる(それに、相手に語ってもらえば、その話法をこちらも取り入れて、より効果的に物語することもできる)。また、一方的に長々と話す必要がないので(むしろインタビュアーのように、相手から「物語」を聞き出すことになる)、日常的な場面でも使いやすい(逆に伝統的な催眠技法の冗長さは、特殊な場面を用意できないと「生息」できない)。

 たとえばWaking Hypnosis(トランス抜きの催眠)の技法として、この種の方法でもっとも有名なものに「『理想の男性』ルーチン(Ideal Guy routine)」がある。「あらすじ」はこうだ。
 男性が女性に対して「理想の男性はどんな人?」かを尋ねていく。女性は「理想の男性」のイメージを思い浮かべながら、質問した男性に答えていく。つまり、目の前の男性を見ながら「理想の男性」を思い描くことになる。もちろん女性が男性に対して「理想の女性はどんな人?」と尋ねるのもいい。

 聞き出すことは、次第に具体的なものにし、最終的にはできるかぎり具体的であるべきだ。「どんなタイプ?」で止まってはいけない。その人とどこへ行きたいのか、何をしたいのか、……その時、彼は何を着ているのか、どんな声で話すのか、その声でどんなことを言ってほしいか、……腕に抱かれると、胸に抱(いだ)かれると、どんな感じがするのか、等々。

 イメージは、その対象が実在しないとしても、実際に身体的かつ心的な反応を引き起こす(ベタにいえば「感じさせる」ことができる)。
 質問に答えるためにイメージされることは、実際に口にされる言葉以上のものかもしれない(発言される言葉には意識の検閲がかかるが、頭の中のイメージには検閲がかかりにくい)。
 もうひとつ、相手が語るのは「理想の男性」であるが、「理想」は実現されていないがために理想に止まる。彼女は、彼女が語るほどの男性に会っていないか、会ってはいてもアプローチしたことがない。しかし、「理想」を語る彼女の前には、質問者である「あなた」が実在する。

 矢継ぎ早の質問に、相手は抵抗を覚えないのだろうか。それは聞き方による。上手な聞き手=報酬を与える聞き手に話すことは、喜びである。相手の話すこと、質問の答えに、うなずきや笑顔、あるいは同意の言葉(「いいね」など発言を肯定する短い言葉)を返すことは、話したくなる気持ちを下支えする。

My friend, John技法

 物語には絶大な力がある。そのため物語を語る人は警戒される。年長者は、あなたに影響を及ぼそうと「戦国武将の話」をするかもしれない(笑)。あなたは当然、そんな話は(聞いているふりだけはするが、実際は)聞いちゃいないだろう。

 しかし物語は、「さあ、これからお前に影響を与えるぞ」といった構え無しにも効果を発揮することができる。「いや、おれの友達(ツレ)にさ、へんな奴がいて……」といった枠組みで話すことも可能である。伝えたいことを、「誰かの体験」の中に埋め込んで話す技法をここでは説明しよう(本当のMy friend, John Techniqueは、実はもっと別のことなのだが)。

 






前提話法

べたな暗示のかわりに,暗示したい内容を前提にした内容を話す
「そこに猫がいます」→「あの猫はシャム猫でしょうか?」










inserted by FC2 system