「ヘルスメーターを贈ることは勇気がいる」
とある人はいう。互いに贈り合うことよりも一方的に贈ること、とりわけ女性に贈ることは。ある会員は言う。
「本当に困って(たいていのものはすでにあげちゃってたから)、思い切って彼女に聞いたんです。『次の誕生日には何が欲しい?』。彼女は本から目を上げて答えました。『ヘルスメーター』。それまで、そんなものが世の中にあるなんて気がつきませんでしたよ」
またある会員は言う。
「私の場合はこうでした。たまたま町の電気屋で、とても美しいヘルスメーターを見つけたのです。もちろんすぐに買い求めました。何故、電気屋にヘルスメーターが?なんてことは考える間さえありませんでした。しばらくその包みをかかえて、町をうろうろしました。何か忘れているような気がしたのです。はたして、私は忘れていました。今夜、パーティがある!しかもそれは、私たちの結婚記念日だったのです。妻の、そして私の友人たちも、もう大勢集まっているはずです。私は急いでタクシーを止めました。2、3台目かでようやく乗り込み、私は行き先を告げて、頭を抱えて自分のうっかりを罵りました。『お客さん、何、その包み?あ、奥さんにプレゼント?いいねえ』。考えもつきませんでした。たった今、この瞬間なら、まちがいなくこの世で一番大切な私のヘルスメーター。そして、私は買うはずだったプレゼントでなく、今この腕に抱かれているヘルスメーター。私は、これは妻のものであるべきだと思いました。家についたら、すぐにでもこいつをプレゼントしよう。『お客さん、高速使うよ』。けれど……、私は、はっと我に返りました。ただでさえ、自分の体重を気にして止まない彼女のことです。私は、彼女の気に障る形容詞を巧みにより分けながら、暮らしてきました。いつまでも食べるのを止めようとしない彼女に、一言だって小言を言いませんでした。今日も、私はそんなことにはつゆも気にかけず、笑顔で玄関をくぐるつもりです。けれど、これはヘルスメーターなのです。彼女の足元にそっと置きさえすれば、彼女のプライドはおろか、私のいとしい家庭まで粉々になってしまうのではないでしょうか?私は、これを持って帰るべきでないのでは?
『運転手さん!止めてください!』
『ばかなこと言うんじゃない。ここは高速道路だ』
私は、止めるのも聞かず、窓を開けました。まっくらな景色がびゅんびゅん後ろへと消えて行きます。包みをつかむ手がじっとりと汗ばむのがわかりました。
……
私はとぼとぼと、結局約束の時間に2時間も遅れて家にたどり着きました。気の乗らないパーティは早々に切り上げられ、飲み散らかしたダイニングにメモがひとつ残されているだけでした。それには2次会の店の名前と電話番号がありましたが、もちろん行く気にはなれませんでした。私はその辺に落ちていた、多分ケーキの箱か何かを飾っていたらしいリボンを拾い上げて、私のヘルスメーターにつけてやりました。時計は10時を回っていました。家には私独り、他には誰もいません。誰も知りたがらない、私の体重を測るために、私は着ているものをすべて脱ぎ、その秤の上に立ちました。そして誰も聞いていたくない奇妙な低い声を出して、涙と鼻水を流しながら、随分な間、じっとそうしていました」