人工臓器論

「人工臓器」の話を聞いてきました。

先生、最初から飛ばします。

//医学の使命//

現代医学が何をやっているかと言うと、
「《局所臓器不全による死》の回避」
といきなりぶちかましです。他は大丈夫なのにある臓器だけが具合が悪いというだけ
で死んでしまうなんて許せない、だからそういうのを回避しようというのが医学だと
いうのです。「患者の命」「医の道は忍」なんてことは言いません。しかし「《局所
臓器不全による死》の回避」だとすると、その帰結として導かれるのが、
「老いの器官間均衡」
です。身体のどの器官も、同じように歳をとるようにしよう。先に倒れたものは取り替
えたり、また弱くなったものには杖を与えたりして、すべての臓器(パーツ)が均衡に
歳をとろう、そして「自然な死」を迎えよう。なにが「自然」だ、という気がします
が、人道づらして脳死承認を取り付けようとする連中にくらべれば、ムチャクチャさが
爽やかだとも言えます。笑顔にだまされそうになります。
しかし、かつてのような「スパゲッティ・シンドローム」は避けなくてはなりません。
患者がめちゃくちゃ多くの管に繋がれるアレのことです。そんなのは、美しくない。美
しいのは何と言っても「埋植式人工臓器」です。

//外科から内科へ//

しかしその前に、最新医療についての簡潔なまとめが入ります。
DDS(ドラック・デリバリー・システム)、血管塞栓療法(ガンの部分に血がいかな
くなるよう、わざと血管をつまらせる)、内視鏡による手術(ファイバースコープに
針、レーザーメスがついている)、Stent治療(つまった管につっかえ棒をして支
える療法。体温で形が戻るShapeMemoryAlloyいわゆる形態記憶合金が使われる)等。最
新医療により、かつてなら手術をしなかればならなかった場合にも、手術なしで、ある
いは縮小手術・無侵襲手術ですむようになりました。そして、これら新しい療法は、す
べて内科の手で行われます。つまり新医療のポイントは、
「外科から内科への医療主体のシフト」
にあるというのです。おいおい患者はどこにいるんだよ、ということもありますが、こ
れはおもしろい見方です。

//組織親和性//

さて本題に戻って、「埋植式人工臓器」です。人工臓器には、「外付け」のものと、
「内蔵」のものがありますが、「埋植式」は当然「内蔵」です。そもそも身体にない
人工物を埋め込むわけですから、そこには様々な「生体適合性」の問題が発生します
が、ここはひとつとりあえず、組織親和性にしぼって行きましょう。
 最初期の埋植式人工臓器の材質には、ポリエチレンとかPET(ペットボトルのP
ET)など、いわゆるプラスチックが使われてきました。これらは完全重合している
ので、といっても何のことやら、えーとつまり、たとえば「ポリエチレン」はエチレ
ンが「ポリ」してできている物質なのですが、エチレン分子には「反応基」という手
が出ているのです。この「手」が他の分子の「手」と結び付くことを「化学反応」と
いうと思いなさい。さて「ポリエチレン」は、エチレン同士が互いに「手」を余すこ
となく結び付いているのです。これが完全重合で、ようするに互いに結び付くのにす
べての「手」を使っているので、他に「化学反応」するための「手」が残ってない、
ということはとても「化学反応」しにくい、「化学反応」に強い、とこういうことで
す。
 「化学反応しにくい」なら、身体の中に入れてもおかしな反応して困ることはない
だろう、と最初期の埋植式人工臓器制作者は考えました。これが大間違い。身体はそ
もそも化学反応でできた物質でできていますし、つねに化学反応でもって栄養をとっ
たり古いところは入れ替わったりしているわけです。そこにいつまでたっても化学反
応しない物質が入ってきたりしたら、すぐに「付き合い悪いやないけ」と免疫系に目
を付けられてしまいます。
 免疫系に見つけられた異物は、その後どういう運命を辿るのでしょう。細菌などの
小物でしたら、白血球・リンパ球アタックでやられますが、今回の相手は化学変化し
ないデカ物です。すると、繊維化細胞というのが出張ってきて、繊維組織でその異物
を包み込みカプセル化します。異物を「隔離」するわけです。このカプセル化は、体
内奥深くならそうなりますが、身体の表面近くだと、身体の奥から包む力に対して、
表面側からはあまり包めなくて、結局ムリムリと外で押し出す結果になってしまいま
す。この隔離は「排出」です。出口が近い場合は、無理に体内に止めないのです、う
まくできています。

//溶ける人工臓器//

 さて、「化学反応しない・溶けない物質」がいけないとすると、逆転の発想で「溶
ける物質」で人工臓器を作ったらどうかという話になりました。せっかくの人工臓器
が溶けてしまったら話にならないと思うかも知れませんが、損傷組織・器官がもとに
戻るまでのワンポイントリリーフとしての人工臓器ならどうでしょうか?本物が治っ
たのに、偽物がいつまでもでしゃばっているというのも変な話です。わかりやすい例
だと、身体の中でやがて溶けてしまう糸があります。手術の傷口をその糸で縫う訳で
すが、いわば傷口がふさぐまでがこの「人工組織(?)」の役目であり、いつまでも
放っておくと、異物として隔離されるか排出されるかして、せっかく治ったところが
また具合が悪くなります。
 「溶ける人工臓器・組織」の発想はこうです。「欠損した臓器・組織→人工物で肩
代り→臓器・組織の再生、人工物の退場」。では、はなっから、「臓器・組織の再生」
を組み入れた人工臓器というものが考えられます。これが
「組織再生マトリクスとしてのコラーゲン」
というお話に繋がって行くのです。
 コラーゲンは蛋白質の一種で、体内にざらにあります。おもしろい性質があって、
このコラーゲンを塗っておくのその物質の表面に細胞が育ち易くなるのです。これは
使えるということになりました。ひとつはプラスチックなどの非親和性材料の表面に
コラーゲンをまぶしておけば親和性が高まるのではないかということ、そしてもうひ
とつが「組織が再生して欲しいところに、再生して欲しい形でコラーゲンを置いてお
けば、その形に組織再生が促されるのではないか」という発想です。この
「組織再生誘導」
は、人工臓器の世界に大きな転換をもたらしました。

//組織再生誘導//

 これまでたいへんだった手術に、食道手術があります。これは小腸を切ってきて食
道に繋げたりしなければなりませんでした。そうすると、喉を治すのに身体を「開き」
にしなければならないような大手術になるのです。なんだ、ただの管なんだから、適
当に人工的につくったのを接いでやればいいじゃないか、という気がしますが、とこ
ろがどっこい、先ほど述べた、繊維組織による隔離がここでも起こるのです。食道お
よび気管支の人工物がこれまで不可能だったのは、体内にも関わらず、外界と接して
いる部分であるから、つまりトポロジカルには皮膚と同じだからです。したがって、
繊維組織は包み込むのではなく、「外」に排出します。体内にとどまるならまだしも、
吐き出されてしまうのです。
 そこで研究の結果、コラーゲンでコーティングされたシリコンチューブを使うと、
そのチューブの形に食道が再生されてうまくいくというのが分りました。その際、血
(血液)をまぶしておくとうまくいくのだそうです。血液中の血小板が傷を治すとき
と同様有効に働くのではないかといわれています。また切れた神経もコラーゲン入の
チューブで繋いでおくと、再生してつながるそうです。
 現在はまだ「組織再生」の段階ですが、更に進んで
「機能性臓器再構築のためのコラーゲン」
という研究が現在進められています。

//これからの人工臓器//

 現在ではメカメカした人工臓器の研究は頭打ちで、この「再生誘導」の他には、生体細胞を人工物に植え付けて人工臓器を作る「ハイブリッド人工臓器」、あるいは他の動物の臓器を使おうとする「異種移植(トランスジェニック)」なんかがあるそうです。異種移植(トランスジェニック)について、豚の受精卵に人間の遺伝子を入れて、人間の臓器付き豚を産んでもらってから、その臓器を移植するという研究が極秘裡に(アメリカとイギリスで)進められているという話があって、随分質問が続いていました。 inserted by FC2 system