ユークリッド × エピクロス

視覚理論


 唯物論と観念論の対立は、単に世界の原理が物質であるか精神であるかといった二項対立だけに収斂するものではない。例えば、「物が眼に見える」という事実について、古来次のような三つのタイプの理論が存在した。
 1)物体が像か線を出すという理論=内送理論intromission theory:原子論者たち。
 2)眼が線か力を出すという理論=外送理論Extramission theory:ピタゴラス派やプラトン。プラトン説は後に、アウグスティヌスも採った。アレクサンドリアのヘロン。
 3)物体と眼の間に媒質(普通は空気)があるという理論=媒質理論mediumistic theory:アリストテレス、ガレノス。
 しかし、媒質理論に関しては、更にアリストテレス型とガレノス型に分けられる。
前者は媒質を物体に属するものと見る。したがって、視覚において、眼の方は受動的な働きをすることになる。これに対して、後者は媒質を眼や精神作用に属するものとみなした。したがって、この場合は眼ないしは精神を能動的なものと認めることになる。だとすれば、媒質理論においても内送派と外送派があるわけである。そして、アリストテレスとガレノスの対比から、唯物論的な哲学史家としての我々は、内送理論と外送理論の意義を、視覚理論における唯物論的説明方法と観念論的なそれとの違いをも理解することができる。しかし、ガレノスの理論は、視覚理論そのものの解明であるよりは、解剖学的生理学的な立場からの理論であり、むしろ、純粋に観念論的な視覚理論を唱えた者としては、ユークリッドをあげることができる。
 ユークリッドが『(幾何学)原本』の著者であることから分かることだが、彼の『光学』もまた、厳密な論証に貫かれている。しかし、問題はそうした形式ばかりではない、ユークリッドの立場は、視覚理論においても数学(幾何学)を重視することだったのである。ユークリッドは既に光の反射の法則を知っていた。彼は外送派として、眼から物体へと線が出ていると考えるのだが、光はその逆に進むことは観察から明かである。しかし、ユークリッドにとってそうした矛盾は問題ではない。なぜなら、ユークリッドにとって重要なのは、空間の知覚がどのように説明され得るかであって、物理的な因果関係ではなかったからである。
 これに対して、視覚作用とは、実は物体から眼への作用であることを明確にしたのが偉大なる古代唯物論者である原子論者たち(レウキッポス、デモクリトス)であった。
例えば、エピクロスは、物体から薄い膜(エイドス)が剥がれてきて、眼の中に飛び込むのだと主張した。我々が遠くのものを見る場合、ぼやけて見えるのは、その膜が遠くからやってくるものだから、その間に色々なものにぶつかって周辺部分がくずれるのである。なんという明解な理論であろうか。この理論は、ローマ人ルクレティウスも取り入れたものであり、ギリシャ語でエイドスと呼ばれていたものは、彼のラテン語詩(「自然について」)ではシムラクラと呼ばれる。
 エピクロスの説明に見られるように、原子論者たちの内送論的視覚理論は明確に科学的でありしたがって唯物論的である。これに対してプラトンらの外送理論(「視覚の火」が眼から出ているとする)にあっては、視覚作用の主体は眼であるとされるが、しかし、その真意は眼という物理的身体的装置そのものであるよりは、精神こそが能動的作用をなすのだという意味で、明かに観念論的であり間違った理論であった。
 こうした古代視覚理論(ユークリッド=数学的、原子論者・アリストテレス=物理学的、ガレノス=生理学的)は、中世イスラムに移入され、そこでアルハーゼンによって決定的に乗り越えられたが、それもやはり内送論的説明(光が四方八方に出ているということに基づく内送理論の変形)であった。イスラム思想の傍流と考えられる中世ヨーロッパでは、マグヌス(アリストテレス主義)とロジャー・ベーコン(アルハーゼン−ベーコン理論)が目立つ。しかし、近代に至って、ケプラーによるアルハーゼンの乗り越えと近代光学の登場ということになる。いずれにしても唯物論的な視覚理論の勝利であった。


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