ロスケリヌス × アンセルムス

普遍論争第一ラウンド


 普遍論争は、個別的なものと普遍的なものとの対立という、古代におけるアリストテレス派とプラトン派との対立(→)の再現であると言える。
 我々は、自分が学校で使っている机も、自分の部屋で使っている机も、先生の教卓も、お父さんの書斎机も、みんなまとめて<机>(以下、普遍的なものは<>を付ける)と呼ぶことができる。伝統的な論理学の立場では、そうした普遍的なものを「類」「種」と呼ぶ。しかし、なぜそうできるのか、「類」や「種」がいかにして成立するのかを説明することはなかなかに難しい。例えば、国会議員は有権者の「代表」だが、<机>は個々の机の「代表」ではない。なぜなら、国会議員も実は有権者の一人であるが、普遍的な「机」が個々の机の一つであることはできないからである。したがって、<机>と、個々の机たちとは全く別の領域に成立している(成立しているのならば)と考えることができる(「類」「種」=クラス/個別的なもの=メンバーの区別→ラッセルのロジカル・タイピング)。結局のところ普遍論争は、<普遍>と個別的なものとの成立の場所を巡る論争である。
 
 一つの立場は、<普遍>はモノresとして実在すると主張する。これを「実在論=リアリズム」と呼ぶ(近代的なリアリズムと区別するために、日本語では「普遍実在論」あるいは「実念論」と呼ぶこともある)。しかし、普遍がモノであるとしても、上に述べたように、<普遍>を個別的なものと同じにみなすことは出来ない(<普遍>は個別のメタ・レベルにある)から、この立場は単に<普遍>の実在を主張するというよりも、<普遍>の方がより先だ(より実在的だ)という主張にまとめることができる。これを図式的に、アンテ・レームの立場と呼んでいる(Universalia ante rem=<普遍>は個々のモノ(res)よりも先立つ)。この立場の代表はアンセルムスである(エリウゲナらも含められる)。
 そうなれば、他方の立場は、ポスト・レームということになる。つまり、<普遍>とは個々のものを前提として、そこから(帰納的に)作られたものだとする立場である。しかし、この立場では、そうした個別的なものから<普遍>的な類概念がどのように作られるのかを明確に説明できないから、突き詰めていけば、<普遍>など(実在では)ない、という主張に行き着く。こうして、この立場の主張は、<普遍>とは実は名前である、あるいは名前に過ぎない、として提出されたために、唯名論(名前しかないという立場)=ノミナリズム(直訳すれば「名前主義」。時に「名目論」とも訳される)と呼ばれる。この立場にはロスケリヌスらが宛てられるが、ロスケリヌスの主張は実はその対立陣営(アンセルムス、アウグスティヌスたち)の著作にしか現れないので、必ずしも明確ではない。

 [付録]この論争の発端は、ポルフュリオスによる「アリストテレス範疇論入門」(いわゆる「イサゴーゲー」)における問題にある。そこでは、「1)普遍は実体として存在するか、それとも我々の思惟の中にだけあるのか、2)実体としてあるなら、物体的にあるのか、それとも非物体的にあるのか、3)感覚的なものから離れて存在するか、ものの中にあるのか」という三つの問が未解決に残されていた。ボエティウスはこの書のラテン語への翻訳・注解において、「<普遍>=範疇は実在なのか、音=言葉なのか」という問題として提出した。普遍論争は、このボエティウスの問に対する種々の解答の間の対立であると言える。ボエティウス自身はアリストテレスに(一応)従う形で解答を与えたが、中世全体として、神の問題もあって、実在論が主流となった。
 いわゆる「普遍論争」の時代は、教父哲学の時代から、初期スコラ哲学あたりまでである。11世紀には、宗教会議において唯名論は異端とされた。これは、唯名論の立場では、三位一体の神の一体性が否定されて、個々の三つの神が存在することになるからである。簡単に言えば、普遍論争の眼目は、神の実在にまで関わるものだということである。唯名論の立場では、普遍的であるべき神の超越性は削減されてしまう。こうして、中世普遍論争の主要舞台は、論理学(論理的存在と実在的存在の関係の問題)が一方、神学(神の存在、唯一性の問題)が他方であり、各人の解決はそのバランスの上に立っている。
 我々はオッカムらの立場をも唯名論と呼ぶが、これらはいわゆる「普遍論争」とは時代的に隔たる。ただし、「普遍論争」を一般的に拡張して理解すれば、オッカムの時代(後期スコラ哲学)ばかりか、先に述べたように古代におけるプラトン派対アリストテレス派、近代における合理論対経験論といった諸対立をも<普遍論争>の一環とすることはできる。(→近代普遍論争対中世普遍論争)

[普遍論争を、二人の哲学者間の対立として、時代も考慮して分割すれば、以下の通り。
 1)アンセルムス対ロスケリヌス
 2)ロスケリヌス対ギョーム
 3)ギョーム対アベラール]


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